翻訳ひといきコラム

翻訳学校のサン・フレア アカデミー

海外だより

2022.07.06

三島由紀夫とポートランド州立大学学生歌舞伎

三島由紀夫は、1970年11月25日、東京市ヶ谷の陸上自衛隊駐屯地で自決した。その衝撃的な死は、彼の作品を愛する人たちにとって、またこの状況をメディアを通して知った人たちにとって、決して忘れられない出来事だろう。

2020年は三島氏の死後50年、節目の年だった。

夫は、三島氏の小説を大学の授業でも教えてきた。夫の恩師であり2019年に他界されたドナルド・キーン教授は、三島氏と親交があった。キーン教授と三島氏が知り合われたのは、三島氏の作品である「鰯賣戀曳網―いわしうりこいのひきあみ」を歌舞伎座でご一緒に観劇されたのがキッカケだったと聞いている。「鰯賣戀曳網」は、三島作品には珍しく、心温まるロマンティクコメディである。

夫は、恩師キーン教授と三島氏のつながりが何か自分にも関わりがあるように思えたと言う。特に三島氏の戯曲に魅了された夫は、2007年、代表的な戯曲を翻訳し「”Mishima on Stage” the Black Lizard and other Plays」の出版にこぎつけた。もちろん「鰯賣戀曳網」の翻訳も入っている。

さて、オレゴンの州都Salemは、ポートランドから車で50分ほど南部に位置する人口17万余りの街である。夫は、2010年、この地の私立大学Willamette Universityの演劇学部から、1学期間の「英語歌舞伎の演出」の招聘を受けた。夫がこの大学の公演のために選んだのは「鰯賣戀曳網」だった。この大学の演劇学部は、全米でもトップクラスの教育内容、数々の公演の素晴らしさを誇り、そして多くの演劇関係者を輩出している。この大学での公演に至るまでの詳細は、「e翻訳スクエア」に掲載していただいた。
参照:32. 33.アメリカ学生歌舞伎が伝えてくれたもの(前半/後半)

Willamette Universityでの公演は大学内で3週間の興行だったが、場所がポートランドから1時間近くかかるため、ポートランドの人たちに観てもらうことは難しかった。夫は、Willamette Universityの公演終了後、ポートランドの劇場で1回だけの公演を企画し、舞台装置、道具など全てを移動した。公演は満席の大成功だった。

それから10年が経つ2020年、夫は、三島由紀夫没後50周年の記念公演をポートランドの自分の大学ですると決めていた。もちろん、公演は三島氏の歌舞伎「鰯賣戀曳網」であり、そのために前年度から準備を進めていた。

2019年末に日本に行った時、夫と私は、浅草などの古着屋で次の公演に必要な着物を買い集めた。また翌1月には、当時公演中だった中村勘九郎と七之助による歌舞伎座公演「鰯賣戀曳網」を自分たちの歌舞伎公演の参考のために観にいった。

ところが、である。2020年1月に新型コロナウィルス感染症が確認され、その後は怒涛のごとくパンデミックに突入。夫は、三月初めまで公演の可能性が少しはあるのではないかと期待していた。しかし、それどころか大学校舎そのものが閉鎖され、普通の講義さえできずオンライン授業に変わってしまった。夫はこの年の公演を諦めた。

2021年1月、まだパンデミック終息のめども立たない中、夫は春学期に歌舞伎公演が実施できるかどうか模索中であった。しかし、大学の劇場関係者から、「公演は“マスク着用”で許可できるが、無観客の方針は変えない」と言われた。やはり、これほど準備してきた歌舞伎を無観客で興行することは考えられなかった・・・。

5月末、劇場側と交渉の上、無観客は変えられないが舞台上でのマスクは外しても良いという許可を得、歌舞伎公演の代わりに狂言の公演を行なった。この公演は、Livestream(ライブ配信)で世界のどこででも観ることができた。

【PSU Students Perform Kyôgen Hijinks 2021】

2021年12月にオミクロン株が流行し始めると、2022年も歌舞伎公演は絶望的かと思われた。しかし、オミクロン株は感染の広がりは早いものの、ワクチンを接種していれば重症化しにくいという報告がCDC(Centers for Disease Control and Prevention:アメリカ疾病対策予防センター)から出されると、ブロードウェイを皮切りに全米で有観客の公演が復帰し始めた。我が家も大のオペラファンである義母と一緒に数回オペラ鑑賞を楽しんだ。ワクチン接種カードと身分証明書を提示し、マスクをつけて入館する。ポートランドでのオペラ公演は実に700日ぶりだった。3500人収容の満席の劇場では、ポートランドのオペラファンが久しぶりの公演に沸き立っていた。

この状態であれば、春の歌舞伎公演も実行できると確信した夫は、早速準備に取り掛かった。しかし、夫の懸念は、パンデミック中の春学期に、この公演のためどれほどの学生が授業に登録してくれるかだった。最低20名の学生が集まらなければ、公演は難しくなる。幸い2021年春の狂言の授業を受け、無観客公演を行なった学生たちが大勢戻ってきて登録してくれた。また、以前歌舞伎や狂言の公演に出演したOBたちも役者として、また演奏家として快く参加してくれた。総勢30名余りで興行することになった。

その間、5月25日から28日までの公演に向け、踊りを指導してくれる貴子さん、立ち回りの指導者Rei、そして下座音楽のためのお琴や三味線を弾くMinh、伸子さん、美雪さんなどが準備のために我が家に来て頻繁に打ち合わせを行なった。私も日本からポートランドに戻った後、2月後半から花魁用の鬘(かつら)を作り始めた。友人の好子さん、由紀さんが初めから手伝いを申し出てくれた。心強い助けを得た私は、学生たちを舞台で輝かせるための衣装の準備に没頭した。

出来上がった花魁6人用の鬘の後髪/垂らした髪の鬘が主役「蛍火」用の鬘
(鶴の飾りはお正月のおせち料理についてきた飾り)

公演に際し、踊りの振り付けと指導をしてくださる藤間流名取の貴子さんから、今回、オーディションで「祇園小唄」の踊り手を6人選び、振袖を着せたいと依頼があった。また、初めてご自身で舞台に立ってお弟子さんと「獅子の乱曲」を踊ってくださることになった。こちらは留袖が2人。

振袖や留袖を着せる場合、帯は袋帯を使い、伊達襟、帯締め、帯揚げが必要となる。普通にこの着物を丁寧に着せると1人当たり30〜40分かかる。主の演目である「鰯賣戀曳網」では、引き摺りの衣装を着せて鬘をつける花魁が6人、他の出演者の衣装も合わせると30人以上の衣装を4時間ほどで着せなければならない。私は、どの衣装も1人5分から10分で着せるための下準備を始めた。

衣装自体は長年買い集めたり、いただいたりしたものが十分にあるので問題なかったが、やはり短時間に全員綺麗に着物を着せるのはとても大変なことである。しかし、私の良さ?は決して「できない!」と思わない、言わないことかもしれない。多少の不具合はあってもどうにかなる!と思って35年以上衣装係を続けてきた。

舞台裏の衣装室〜床には大型の紙を敷き詰め、全員が『NO SHOES』で入室する。
着物は全てハンガーに掛け、個々の学生の下着、帯や小物は風呂敷に入れてある。
出演の場によって風呂敷の色が違い、学生の名前札をつけている。
学生たちは、足袋をはき自分の風呂敷と着物をもって、着せてもらう順番を待つ。
手前に下がっているのは腰紐である。

しかし、今回最も時間をかけて準備したのは、「小結」級の学生たちの衣装だった。「小結級」というのは、本当はとても失礼な言い方かもしれないが、日本のどんな着物も入らないほど大きい、太い体型なのである。普通の腰紐では全く足りない。着物を着せるのに両腕を回しても後ろまで届かない。この学生たちの腰紐は、好子さんが昨年の狂言のために浴衣生地で4メートルの紐をたくさん作ってくれていたので助かった。

この学生たちに合う衣装がないからと言って、我が家にあるお相撲さん用の3Lの浴衣を着せるわけにはいかない。私は好子さんに手伝ってもらって、これらの学生たちの着物を数枚作った。京都会館のマネージャー役のTiffanyは、作ってあげた特製の着物を着せたところ喜んでくれた。「この柄の着物、よく似合うね。素敵だよ!」と言うと、嬉しそうににっこり微笑んだ。

私のアメリカ人の友人が公演を観た後、メールを送ってくれた。

Last night I was in the audience with Barbara, my son, and another friend. We all enjoyed this unique experience. 〜〜〜And I am touched by the way you welcome all those who are interested and manage to make costumes for all SHAPES and SIZES.

私は、このような狂言や歌舞伎の授業を受ける学生たちが公演前に衣装合わせのため我が家に来る時、「あ〜、今年は何人の太い学生がいるのだろう」と案じる。しかし、このメールによって、アメリカ人の体型がそれぞれに大きく違うということに改めて気づかされた。SHAPES and SIZESつまり大きさや太さだけでなく「それぞれの体型に大きな違い」もある。小柄や細い人はどうにでもなる。今まで最も背が高かった男子学生は2メートル10センチ、女子も170センチを超える学生が多い。男女とも胸回りや腰の大きさも様々で、肩の広さや厚さ、そして腕が長い学生が多いのも苦労である。日本人向けに作られた着物を外国人に着せる難しさは、実はそこにあるのはないか。

一つの演劇公演の舞台は、裏方で働く多くの人の支えがあって初めて作り上げることができる。この学生歌舞伎の場合、夫が総合的なディレクターであり、私は衣装や鬘のデザインや作成、そして揃えた衣装を着せる。踊りの師匠さんは学生たちに踊りを教える。音楽担当者は演奏者と音楽を決める。照明係、舞台セットを作る人、会場関係者、当日のチケット担当者などなど、多くの裏方の支えがあって可能だ。しかし、何よりも、舞台に立つ役者(学生たち)の努力と演技力があって舞台は完成する。

主役の猿源氏役MichaelはPSU演劇学部出身のOBで今はプロの役者である。
馬のオレンジ色の飾りは、古い帯を切って作った。

夫と私が毎公演に関わってきて思うことは、学生たちの素晴らしさである。大学の春学期授業の一環であるから、教室で講義を聞き、課題本を読んで論文を提出する授業と同じ単位である。しかし彼らは短い期間に台詞を覚え、歌舞伎の所作、踊りなどを習い、歌舞伎化粧の仕方も練習し、鬘をつけ、衣装を着て果敢にも舞台に立つ!オーディションで振り分けられた役を文句も言わずに受け入れ、他の人たちと協力し、大役も小役にも関わらず一緒に舞台を作り上げて行く。

花魁の踊り。黒い引き摺りの着物を着ているのは、190センチのJacob。
「僕はどんな役でもやります」と言ったことと、習った舞踊がとても上手だったので、女形に抜擢された。
花魁役のすべての学生が7〜8週間で見事に日本舞踊を習った。

日本人学生のあゆみさんは、日本舞踊「祇園小唄」を踊った後は「黒子」として裏方で働いた。彼女は言った。「私は、黒子という仕事がこれほど舞台で大切な役割を果たしているとは思いもしませんでした。舞台全体に注意を払い、舞台では見えない人であるかのように動き、不具合があれば直していく。私はこの黒子の役が大好きでした。次に舞台があれば是非もう一度やりたいです」私は彼女の言葉に感動してしまった。このような人がいて今回の舞台も成功したのだと確信する。

アメリカでは、このパンデミック中に死亡した人は100万人を超える。この時期、夫は学生歌舞伎「鰯賣戀曳網」を通して、少しでも多くの人々に「明るい笑いを届けたい」と思った。公演3日目には、NHKロサンジェルス支局から取材と撮影に来てくださり、日本で6月20日にBS1のニュースで特集として放映していただいた。この時のニュース特集の見出しは「歌舞伎で人々に笑いを!」であった。

ぜひ、下記のリンクより、ポートランド州立大学学生歌舞伎を観ていただきたい。
The Sardine Seller’s Net of Love鰯賣戀曳網
https://sites.google.com/pdx.edu/kabuki2022/home

今年4月29日、夫は日本政府から “春の叙勲「旭日中綬章」”という章を外国人枠で受けた。39年間ポートランド州立大学で教鞭をとり、米国内はもとより、カナダ、ヨーロッパ、日本などでも日本の文化、伝統芸能などの講演と公演を行い、普及に努めた功績に対する章だと思う。そして日本伝統芸能では、狂言や歌舞伎の実演を多くの学生たちに教え、39年間公演を続けてきたことは夫の誇りである。このような栄誉ある章をいただけたことを何よりも嬉しく思っている。

田中 寿美

熊本県出身。大学卒業後日本で働いていたが、1987年アメリカ人の日本文学者・日本伝統芸能研究者と結婚し、生活の拠点をオレゴン州ポートランドに移す。夫の大学での学生狂言や歌舞伎公演に伴い、舞台衣装を担当するようになる。現在までに1500名以上の学生たちに着物を着せてきた。2004年から教えていた日本人学校補習校を2021年春退職。趣味は主催しているコーラスの仲間と歌うこと。1男1女の母。

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