翻訳ひといきコラム

翻訳学校のサン・フレア アカデミー

翻訳学習

私の外国語学習法

翻訳学習と直接の関係はありませんが、若い頃から趣味で時折いろんな外国語を学習してきたので、今回はそのお話をしたいと思います。

最初に取り組んだのはドイツ語で中三のとき大学初級の参考書を読みました。高校に上がってからは大学書林の四週間叢書でスペイン語を学びました。

高校では古文と漢文を読みまくりました。平安文学では源氏物語など以外は注釈を頼りに読破しました。家に偶々あった頼山陽の日本外史(漢文)も時折ページをめくりました。高校の図書館にはめぼしい洋書はありませんでしたが、古文や漢文を読むのも欧文を読むのと共通する点があると思います。

大学では第二外国語として独習が難しいと思ったロシア語を選択し、第三外国語も開講されていた七八種を全部受けましたが、授業に合わせた勉強をまじめにせず、結局授業で役立ったのはロシア語の文字を覚える初歩段階と中国語の徹底した発音練習だけでした。

当時1960年代は独仏西以外の日本語による入門書がほとんどなく、四週間叢書も戦前版が残っており独習書として使えるものはスペイン語の他にはフィンランド語くらいでした。大学進学後は英語のTeach Your Booksシリーズに出会い、中東のアラビア、ペルシア、トルコ語などでお世話になりました。それも含めて神田で外国語の教科書や辞書を買い漁りました。ロシア語によるペルシア語教科書は基礎の強化にとても役立ちました。英語とロシア語による辞書もかなり集まりました。

初歩を終えても次に読む教材が問題でした。中級読本の類がまだまったくなく、大学書林のドイツ語やスペイン語の短編小説の対訳叢書を読むくらいしかありませんでした。小説というのは初歩の人間が読むには適していません。今思えば大きな図書館で外国語の百科事典に取り組んで文章に慣れるのが効果的だった気がします。英語とロシア語で他言語の教科書を読むのと、1970年代中期に翻訳を業とするようになり最初は英語以外の和訳ばかりやっていたのが、少しは教材読解の代用になったのだと思います。

読み中心の独習

という成り行きから、私の勉強は読み中心で、しかも専ら独習です。そもそも昔から諸国語の古典を原書で読みたいという夢がありました。また大学以外に講座で習ったことは一度もありません。時代背景の他に学生時代を通しての金欠と生来の出不精もこういう方法を続けた一因でしょう。積極的な性格なら、当時でも外大へ出かけて、良い教科書・辞書や勉強法を教えてもらうこともできたかもしれません。なお、それぞれ独自の文字を持ち声調があるなどするインドシナの諸言語などは少なくとも入門段階では講座を受ける方がずっと楽だと思います。

入門書で例文を読み、何故そう言う意味になるのか単語の意味からも文法上も理解します。私の場合はこれが理解できないと前に進めませんでした。次に、口でぶつぶつ呟きながら意味が分かってスムースに呟けるまで五回くらい繰り返します。各例文がスムースに音読できるようになったら、一連の例文を通しで数回音読してから次に進みます。会話目的でなくとも、音読すると、口と耳も使うので記憶の一助にもなります。これが若い頃の私のスタイルでした。主に電車内の作業なので、特にノートに取ったり単語帳を作ることはせず、せいぜい鉛筆でマークするくらいでした。

新しい言語への取り組み方

ここで、新しい言語への取り組み方についてお話しておきたいと思います。言語によってはもっと良い入門書があるかもしれませんが、一般論としては、最初に白水社のエクスプレスシリーズを使うのが良いと思います。言語数は60種を超えています。CD付きでどれも20章に章立てされています。これをしっかりやれば文字・発音と文法の基礎が身につきます。単語数は千語未満ですが、この本がマスターできればその言語の習得はかなり有望になります。興味を持った言葉の様子を知りたい場合は、その前に白水社の「・・語の形」シリーズに目を通すのもよいかもしれません。エクスプレスを修了すると、初級の教科書に取り組んで基礎を固め単語数を増やします。東京外国語大学などのサイトにも初歩の教材が載っています。旅行用の会話集も基礎表現を身につけ単語数を増やすのに役立ちます。

会話集の一つとしてウェブ上に50 Languagesというサイトがあり、50言語の会話が練習できます。すべて同じテキストで最初の60章は会話形式、残りの40章は文法項目別になっています。音源がついており、主要言語では男女二人がほぼ同じテキストを朗読しています。音源は日・英などとペアにすることもでき、またその言語だけのものにすることもでき、一括ダウンロードすることができます。私は二十数か国分をWalkmanに入れて散歩しながら聞いています。これをお勧めするのは、単語を入れ替えただけの反復練習が中心になっているからで、基本表現を習得し日常単語を増やすのに有用です。もちろんYouTubeにも会話教材は沢山あり、言語によっては聴き取りの教材もあります。

岡田は何十か国語を読めるなど喧伝されてきましたが、一般の(英語専業でない)人の英語並みに読めるものはほとんどありません。英語では仕事以外にも論文や研究書を人並みに読み、中国語も歴史研究書などを二百冊ほど読み、嘗て専門であったぺルシア語は五百年前の史書を千ぺージほど読んだくらいです。そこで名を実にするために、古稀になって、英・中は別格としてそれ以外のアジア語、ヨーロッパ語をそれぞれ先ずは5つくらい、楽に読めるようになりたいと志して取り組んでいます。ただし手掛かりのない新しい言葉を始めるのは無理だと十年前に諦めてからも記憶の衰えが進んでいて、同じ単語が5回以上出てきても覚えきれないことも多く、前に読んでいた言語も一月も経てば記憶がまだらになる状態ですので、前途多難です。六十年前に同じことがやれていればなあ。

読む練習のための教材

読む練習のための教材としては、Wikipediaが有用です。数年前からこの目的で活用しています。最初は当該国の中都市の記事を読みました。ドイツならHeidelberg、ロシアならVladimirなど。ページ数が二三十頁のものが手頃で、自然、歴史から交通、経済までいろんな話題が出てくるからです。Wikipediaなので英語版や日本語版が解釈の役に立つこともあります。首都などの大都市や国全体の記事は長くなり、最初に読むには適していません。これを5~10本読めば、重要語が繰り返されて読む速度が上がり、またその国の状況が把握できます。その後は興味に任せて。韓国版では、同国の戦後の政治事件やフォーク歌手などの記事を読みました。

現在は小学校教科書を読んでいます。アジア諸国では教科書をPDF化して公開している所が多く、それも大部分は電子データからPDF化したものでテキスト中の語句をコピー&ペーストで電子辞書などに放り込むことができます。概念が明確であるとの理由で主に社会科と理科を対象とし、インドネシア語は3か月余りで六年生まで十二冊千数百頁を読み終わり、いまトルコ語に取り組んでいる所です。他にヒンディー語、ウルドゥ語、ペルシア語、アラビア語とメキシコ・スペイン語の教科書も入手済みです。東アフリカのスワヒリ語は一二年生の国語の教科書を入手し非常に有用であることがわかりました。探し方は(Google翻訳で見つけた)原語の“小学校教科書”と“PDF”で検索するだけです。一件づつ丁寧に見ていくとまとめて掲載してあるサイトが見つかることもしばしばです。公開されていない国でもPDFテキストを購入できる所もけっこうあるようです。小学校の教科書を通して読むと、全方位の基本単語、日常表現が繰り返し出てきて、その言語に対する理解の厚みがつく気がします。

ツール紹介

使っているツールについても紹介しておきます。単語帳はフリーソフトのPdic (Personal Dictionary) を使っています。軽くて動きが速く、また多言語・多文字に対応しているので、何十か国語でも一つのソフトで扱えます。よく使った言語では八九千語くらい溜まっており、英語の豆単、赤単と同じでこのくらい覚えると読み進めるのが楽になるようです。

辞書は大抵は持っているのですが箱詰めの状態で使えないものも多く、まずは多言語辞書サイトGlosbeを使っています。任意の二言語の組み合わせで使えます。投稿型のサイトなので、特に日本語訳は玉石混淆ですが、紙版の古い辞書にはない単語が載っていることもあります。フランス語などのローマ字にない文字や、アラビア文字などローマ字以外の文字の入力用にソフトキーボードがついています。紙版やGlosbeで分からなかった単語はウェブで検索しますが、その中で辞書の一部であることが分かったものはその辞書全体を登録して使います。韓日辞書Kpediaやインドネシア語辞書APA KATA DUNIAなど使い勝手の良いウェブ辞書が見つかるかもしれません。

Google翻訳などのウェブ翻訳サイトも役立つことがあります。これも玉石混淆で出鱈目な訳も多いのですが、分からなかった文章がこのおかげで理解できたこともままあります。ウムラウトなどの補助記号なしでローマ字入力しても正しく解釈してくれることもあり、またローマ字で入力して当該文字の候補を表示してくれる言語も沢山あるようです。

最後に、多種の文字を入力できるソフトキーボードもいくつもあります。たとえばLEXILOGOSのmultilingual keyboardなど。どのキーボードでも大抵のめぼしい文字が入力できるようです。ウェブ上で様々な教材やツールが利用できるようになったのは、せいぜいこの十年ですね。もう数年たつとさらに便利になっていると期待できそうです。

なお、私の各言語との関わりについての具体的な話は日本翻訳連盟の機関誌『JTFジャーナル』の連載コラム「匠の世界」に2013年に掲載いただいた「一翻訳者の外国語遍歴」をご覧ください。

また、様々な言語に興味のある方は2000年に『翻訳通訳ジャーナル』の発行元イカロス出版のムック『第2外国語にチャレンジ!!2000』に掲載された「世界の言語」(サイト『翻訳の泉』の「外国語の散歩道」に再掲)がありますのでご覧ください。

なお、ご存じの方も多いと思いますが、『翻訳通訳ジャーナル』に1998年から30回にわたって連載した『誤訳パターン克服法』を『翻訳教室』と改題してサイト「翻訳の泉」に増補再掲してあります。

また、2013年に三省堂から『翻訳の布石と定石』を出版しました。これは前記連載の前半部分を前半の3章として再編成し、後半の3章は新たな観点から加えたものです。

翻訳を始める前に自己流でマイナーな外国語を独学したことが、“どんな文章にも著者の伝えたい意味があり、きちんとした話の流れがある、それを正確に汲み取って自国語(別言語)で再現しなければならない”という、翻訳に必須の態度を身につけるのに役立ったことはいうまでもありません。

岡田 信弘

サン・フレア アカデミー学院長

Facebook Twitter LINE はてなブログ Pin it

このページの先頭に戻る