海外だより
2024.05.31
2024年4月(その2)
9か月振りのパリだというのに、連日の雨でセーヌ川はその美しさをすっかり失っているように思われた。精彩に欠ける、、、いや、むしろ、なんでこんなに? というような嬉しくない色をしている。
言ってみれば泥水。「本当にここでオリンピック競技をするのだろうか?」という大きな疑問符が頭に浮かんだ。
大雨のためにセーヌ川の水位が異常に高くなる――そうすると、観光名物のバトームッシュが運航できなくなる――ということは、昔住んでいた時にもあるにはあったが、これほどまでに“汚い”という印象を持たなかったのは、「泳ぐ」という発想が全くなかったからに違いない。
そもそもどこの都市でも、「街中で泳ぐ」という発想はないだろう。泳ぐとしたら、それなりの環境、つまり周囲が適度に解放された、自然のあふれる、水の美しい地域に限られるのではないだろうか。
河川敷のないパリ市内のセーヌ川は、お世辞にも“素晴らしい水泳施設”とは言えない、少なくとも私は頼まれてもこんな所で泳がない、、、などと考えていたら、友人のMが、「トライアスロンを試しに開催したら、病人がでたらしい」という嘘か誠か信じられない話を。やれやれ。
セーヌ川下流。パリから100キロくらい。菜の花畑が美しい。
セーヌの上流で豪雨があれば、その影響が3日4日経った頃に現れる、とも聞いた。ますます、夏のオリンピックが心配になる。
そんなセーヌにやっと色が戻って来たのは、4月の半ば頃だった。
もっとも、古都としてよく引き合いに出される京都の鴨川は四条でも清らかな水が流れているけれど、残念ながらセーヌ川は鈍色である。それなりの水深があるのかもしれない。それでも、穏やかに晴れた時には太陽の光を受けて美しく見える。
護岸の整った川は、あまたの橋と両岸に並ぶほぼすべてが7階建ての建物や壮麗な歴史的建造物に縁どられてさらに美しさを増し、人々を魅了する“パリのセーヌ”を作り上げている。なんとも羨ましいことではある(パリ狂つれづれ:橋)。
オリンピックのためなのか、それともパリ市の都市計画の一環なのかよく分からないが、メトロの“工事”も頻繁に行われ、私の足を混乱させた。
パリ市内には1から14号線まで14本のメトロが走っているが、夜10時過ぎると走らないライン、*曜日には止まるライン、**駅は閉鎖、、、等々、もちろん、地下鉄内にお知らせはあるものの、実際、突然の閉鎖などもあり、気ままな散歩はますます気儘にせざるを得ない。
それでは、路上をのんびり歩けばよいようなものだけれど、それとて、工事現場の近くがあまり楽しくないのは前号でも書いた通り。バス停が移動している、ということもしばしばだった。
アパルトマン最寄り駅6号線が夜は動かない!!
パリ市を南北に走る重要なラインなのに
そんな中で、見つけたのはやはりオリンピック・パラリンピックを支える“フランスの感覚”だ。
市庁舎の正面にはパリ市のロゴを大きく掲げ、セーヌ川をイメージする(と思われる)パネルを飾る。ルーブル美術館はオランピスムの特別展を企画する。国民議会(日本なら国会議事堂)は現代作家のビーナス像を並べた。(注:オリンピズムという英語があるかと思っていましたが無いので、フランス語をそのままカタカナにしました)
ルーブル美術館
国民議会
文句を言いつつも、こうやって“私の好きなパリ”を必死に探す4月の旅ではあったが、いくつか日本との関連を見つけることができたのはやはりとても嬉しいことだった。
セーヌ河畔をぶらぶら歩いた時のことだ。停泊する――というか、そこが船主にとっては「家」である――ボートの舳先にこいのぼりを見つけて、思わず写真を撮った。もし、船上に人の姿があったら、きっと声を掛けていたと思う。
別の日には、地下鉄の中で見つけた。
メトロの各車両、端っこ上部の壁には小さなパネルスペースがあり、そこには、いつも何かしらの文章、詩だとか格言とか有名人の言葉とかが書かれている。
長くても10分程度しか乗らないメトロだが、そこを読むのが私の楽しみの一つ。その日見つけたのは、なんと源氏物語からの一文だった。
日本には意外と知られていないかもしれないが、そしてあまり意識していないかとは思うが、実はフランスは日本のことが大好きなのである。
彼らはManga(漫画)文化が、日本に続き「世界第二位」にあることを本当に熱く語る。それは決して“子供だけの世界”ではない。昔から、シラク元大統領(在任期間:1995-2007)に代表されるように、日本の文化をきちんと丸ごと理解しようとする姿勢が見える。「工芸」の世界を「芸術」として理解してくれたのも考えてみれば100年前のフランスである。日本の古典などに造詣の深いフランス人の何と多いこと!
去年リニューアル工事を終え開館した国立図書館(旧館)。
一階の楕円天井の美しい部屋は、誰にでも開放されている静かなよい空間。
この部屋の蔵書は、実は、全てが漫画(絵本を含む)である。
20年以上も前のことだが、あるレセプションで出会った女性から、「日本の小説はいいわね。ほら、あの、女流作家のジャンジー」と話しかけられて、、、それが紫式部の『源氏物語』のことだと解るのに何秒かかかったことを、懐かしく思い出す4月でもあった。
5月、初夏のパリは本当に美しい!!
北原 千津子
東京生まれ。 大学時代より、長期休暇を利用して欧州(ことにフランス)に度々出かける。 結婚後は、商社マンの夫の転勤に伴い、通算20年余を海外に暮らした。 最初のパリ時代(1978-84)に一男一女を出産。その後も、再びパリ、そしてロンドンに滞在。 2013年、駐セネガル共和国大使を命ぜられた夫とともに、3年半をダカールで過ごし、2017年に本帰国した。現在は東京で趣味の俳句を楽しむ日々である。