翻訳ひといきコラム

翻訳学校のサン・フレア アカデミー

海外だより

2022.08.16

蟹釣り

7月末、夫の大学の同僚のR教授から「蟹釣りに行かないか」と誘われた。
「蟹釣り?」夫も私もこのオレゴンに35年以上住んでいるが、「蟹釣り」というレジャーを楽しんでいる人を知らなかったし、船酔いする私は興味もなかった。

しかし、今回R教授が誘ってくれた「蟹釣り」は、船に乗るわけでもなく砂浜でできるとのことなので、夫も私も行ってみようかという気になった。と言うのは、近年スーパーの生け簀に入った活蟹の値段が上がってきているので、ここ数年おいしい蟹を食べていなかった。食いしん坊の食指が動いたわけだ。自分で釣るのなら、あわよくば、夫と2人、たくさんの蟹をとってきて思いっきり食べられるかもしれない。たくさん釣れたら友達にも分けてあげよう!などと思った。

オレゴン州は、太平洋に面した海岸線が360マイル、約580キロメートルもあるから、オレゴンには海岸沿いのリゾートも数多く開発されている。海岸の場所によって蟹釣りはもちろん、魚釣り、船に乗ってマグロ捕り、クジラを見に行く、ウインドサーフィン、砂丘でのデューンバギー乗り、キャンプ、ハイキング、潮干狩り、休暇をホテルに滞在して過ごすなど、海岸や海の楽しみ方はたくさんある。しかし、北海道とほぼ同じ緯度なので、海の水が非常に冷たい!海水浴などには適しておらず、余程神経が麻痺していて冷たさを感じない人しか海では泳げない。砂浜で凧揚げやボール遊びなどをして涼みながら過ごす人も多い。

このように自然豊かなオレゴンでは、川や海での釣り、鹿などの動物を狩る、きのこ採りなど自然に生息する動植物をとって楽しむことができる。しかし、勝手にオレゴン管轄内の海や川、山などに入ってこれらを取ることは、法律で禁止されている。つまり、このようなレジャーを楽しむためには、自然保護のために特別な「ライセンス」、許可証をとることが義務付けられている。狩用の猟銃などを使う場合は、特別な許可がいると想定されるが、ライセンスのほとんどはインターネットかスーパーで購入できる。私たちの「蟹釣り」にもライセンスがいるとのことで、前日夫と一緒に買いに行った。

しかし、どのスーパーでもライセンスサービスがある訳ではなく、この地域では「Fred Meyer」という大きなスーパーのカスタマーサービスカウンターでライセンスを取り扱っている。身分証明書(運転免許証が多い)とソーシャルセキュリティナンバー(Social Security Number–日本における “マイナンバー”のような個人番号)を証明書として提出し、約5、6分で作ってくれる。一人$10、夫と2人分$20だった。

蟹釣りのライセンス

ライセンスは、コンピューターに入力したデータをA4のコピー用紙に印刷しただけのものだったが、$10で今年12月31日まで有効なのはいいなと思った。

詳細は:
This document may be presented as proof of recreational licenses, permits and endorsements issued by the Oregon Department of Fish and Wildlife as of the date listed above. By presenting this document as proof of possession of the items listed above, the document holder certifies under penalty of law that the information listed is true and that they meet the requirements for these items.

さて、蟹釣りは、週末は混むので平日の月曜日に行くことにした。しかし、砂浜で行うので引き潮の時しかできない。夕方4時頃が蟹釣りを始めるのに良い引き潮の時間で、干潮が午後5時半ごろとのことだった。その時間に合わせてポートランドを午後2時に出発した。今回は、R教授の教え子も一緒にR教授の運転する車で出かけた。服装としては、捨ててもいいような靴を履いてくるように提案された。2時間後砂浜についた。

しかし、車から出てびっくり!強風が吹いていて寒い。この日ポートランド地域は39度の真夏日。高温注意報が出されていたので、車で2時間ほど西に行った海岸の寒さは信じられなかった。幸い薄手のジャケットを持って行っていたので、それを着たが、寒がり屋の私はまだ寒い!カイロを持って来ればよかったと思う程だったが、真夏日のポートランドからは考えられなかった。

砂浜には既に3〜4組の蟹釣りの人がいて、比較的空いていた。彼らは蟹がかかるのを待って折り畳み椅子に座っていた。早速R教授が蟹釣りの道具を出して釣り方を教えてくれた。

「まず釣りネットを広げ、真ん中に鶏肉のドラムスティックを2本さす。そのネットに付いた紐を持ってぐるぐる回しながら、できるだけ遠くに飛ばして投げる。15〜20分待つ。そのネットの紐を引っ張って引き上げる」

ネットとチキンドラムスティック

たったこれだけの作業でとても簡単そうに思えたのだが、このネットを遠くに飛ばすのが難しく熟練した技術が必要だとわかった。私は頑張ってみたが全く飛ばせなかった。夫も何度か練習したけれど、R教授の距離には到底及ばない。残念ながら浅瀬の砂浜に大きな蟹はいない。


ネット投げ

私達は、R教授が準備してくれたネット6個を仕掛けに使った。15分ほどして初めてのネットを引き上げた。そのネットを釣り上げた時の驚きと喜び・・・、思わず興奮してしまった。大きな蟹と小さな蟹が5、6匹かかっているのだ!!

ネットにかかった蟹

しかし、この蟹取りには厳格なルールが存在していることをすぐに知らされた。
この海岸で取れる蟹はダンジネス・クラブ(アメリカイチョウ蟹Dungeness crab)と言い、アラスカからメキシコの太平洋岸に生息し漁獲される食用の蟹である。身が詰まっていてとても美味しい。

しかし、「雄」しか取ることができない!雄も甲羅の大きさが5.3/インチ(約13.5センチメートル)以上の大きさがなければ持ち帰ることができない。雄でも小さい蟹はすぐに海に返さなければならない。つまり雌と規定の甲羅の大きさに成長していない小さい蟹は捕まっても生き延びることが許されているのだ!

雄と雌の違いは簡単に見分けがつき、腹側の真ん中にある
印が小指のように細いのが雄。広がって大きいのが雌。

時々浜辺や駐車場などに違反を取り締まる人がいて、とった蟹を全て見せなければならないと聞いた。規則違反の場合、罰金が科せられる。下記のような刑が科せられた例が載っていた。

Only 12 legal-sized male Dungeness crab are allowed to be harvested. Mr. Langimeo was charged with three Class A wildlife misdemeanors, which each carry a fine of up to $15,000 and a year in Jail, according to Newport Police. 9/16/2021

多分Langimeo氏は船で蟹釣りに出かけ、一日中海を漂いながら相当たくさんの蟹を捕獲したのではないだろうか。オレゴンでは船に乗っての「蟹釣り」も人気があるようだ。しかし、規定サイズの雄のみ12匹しか取ることが出来ない規則に違反した罪で、罰金最高額15,000ドル〜約200万円の支払い、そして最長1年間の刑務所行きの実刑判決が課せられたようだ。つまり、オレゴンでは、自然保護とレジャーの均衡を保つために、これほどの厳しい規則を作っているということだろう。

私たちは、6つのネットをフル活用して約2時間半、強風と寒さの中「蟹釣り」を楽しんだ。しかしネットに掛かったのは雌と子蟹ばかり。25〜30匹ほど釣れただろうか・・・。甲羅の大きさも申し分なく足も立派な、美味しそうな?雌蟹を海に返すのは、本当に残念な気がした。しかし、違反して罰金を払いたくはない。R教授は慣れているのか、成長したと思われる大きさの雄がかかっても1〜2ミリでも企画に合わなければすぐに海に返した。結局5匹だけが成長した捕獲可能な大きさだった。

たくさんの人たちが週末に蟹釣りを楽しみ、成長した雄ばかり持ち帰ったのだろう。結局この日は、週末にたくさん仕掛けられた鶏肉をたっぷり食べ、ネットに掛かって釣られては離され、引き上げられては海に返され、太りに太った雌ばかりが海に残っていたに違いない。

余った鶏肉のドラムスティックは、空に飛ばしてこの機会を待っていたカモメにご馳走してあげた。

ドラムステイックを食べようと近寄って飛ぶカモメ

たくさん取れなくてがっかりはしたものの、持ち帰って食べることができる蟹が取れたこと、寒かったけれど面白い経験だったこと、そして何よりポートランドの真夏日から逃れ美しい自然の中で過ごすことができた1日は、とても楽しい思い出深いものとなった。私たちは、遠慮して1匹だけいただいて帰った。それでも2人で食べるには十分の量だった。

蟹さん、女・子供でよかったね💗!

蒸して解体し食べやすくした蟹

 

追記:
アメリカでも地球温暖化の影響が出ているのか、この夏ケンタッキー州では洪水で多くの死傷者が出た。またオレゴンとカリフォルニアの州境で7月末に起きた山火事は、今年最大級の燃焼面積とのことだ。
オレゴンでも近年は38〜40度の真夏日が多くなってきている。しかし、こちらでの生活は、断熱材の入った比較的広い家にセントラルエアコンが設置されている家も多く、家にいればあまり暑さを感じずに過ごすことができる。設定した温度が一日中保たれている快適な生活に感謝しながらも、節電ができにくいこのシステムに時々「罪悪感」を感じる。
以前は我が家に冷房がなく、扇風機を回しながら「あつ〜、あつ~~」と言いながら「夏」を感じていた。そのような暑さも4、5日すると収まっていた時代を懐かしく思う。

 

田中 寿美

熊本県出身。大学卒業後日本で働いていたが、1987年アメリカ人の日本文学者・日本伝統芸能研究者と結婚し、生活の拠点をオレゴン州ポートランドに移す。夫の大学での学生狂言や歌舞伎公演に伴い、舞台衣裳を担当するようになる。現在までに1500名以上の学生たちに着物を着せてきた。2004年から教えていた日本人学校補習校を2021年春退職。趣味は主催しているコーラスの仲間と歌うこと。1男1女の母。

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