翻訳ひといきコラム

翻訳学校のサン・フレア アカデミー

翻訳学習

輪になって話そう、翻訳のこと(3)

柴田元幸先生『翻訳教室』(朝日新聞出版)、宮脇孝雄先生『翻訳地獄へようこそ』(アルク)、越前敏弥先生『文芸翻訳教室』(研究社)

2023年初コラムです。今年もよろしくお願いいたします。年明けということで年賀状の話。みなさんは年賀状をはがきに書く派ですか? メールやラインで済ませる派ですか? わたしははがきに書く派ですが、かつてに比べてその数が減りました。相手がいなくなってしまった、というのもありますし、どちらからともなく手が離れてしまったケースもあります。でもメールやラインも含めて、この時期に近況を伝え合うのは大事なことだと考えています。それが一年に一度のことだとしても、ただ「おめでとう」と言うだけであっても、誰かとつながっている、社会の中で生きている、と実感できる機会ですから。それに友人知人の近況を知って、もうひとふんばりしなくちゃ、と奮い立つこともありますしね。

12月に洋書の森のおしゃべりサロンにオンラインで参加したときのこと

出版翻訳者、産業翻訳者、翻訳の講師、編集者、そして出版翻訳を目指す人たちが、翻訳についての考えや仕事の進め方、勉強方法などについて「おしゃべり」しました。その中の一人、翻訳の道を進もうと決めてまだ日の浅い希望に満ちた若い方が、疑問に思うことを素直な言葉で質問して、答えをしっかりメモしていました。画面の中でも目が輝いているのがわかって、その様子がとても印象的でした。初々しさや一生懸命さがまぶしかったな。先輩翻訳者たちの言葉は、その方のこれからの歩みにきっと役立つことでしょう。

その方に、そしてこれから翻訳の世界に踏み出そうという方に、わたしからも一つ提案をしましょう。実際にどのように翻訳するのかを説明した指南書を、どの翻訳者のでもかまいませんので、一冊読み通してください。翻訳とは、翻訳者が10人いれば同じ作品でも10通りの訳本ができるくらい、一人ひとりの翻訳者の特徴がでるものです。でも基本的な翻訳の考え方(語学力を含めて)は共通してします。一冊読み通すことで、自分の中によりどころを作ってみると良いと思うのです。最近わたしが参考にするのは、柴田元幸先生、宮脇孝雄先生、越前敏弥先生のご著書。お三人とも教育者の顔をもっていらっしゃるので、勘所を押さえつつ読みやすくわかりやすく翻訳について語っていらっしゃいます。まるで実際に指導を受けているかのような気分にもなれます。お三人の他のご著書でも他の翻訳家の著書でも、どれでもいいですから手に取ってみて、翻訳の世界の舞台裏をのぞいてください。そして自分はどんな翻訳者になりたいのか、そのためには何が必要なのかを考える足がかりにしましょう。

これから翻訳者として歩く方へ、【表記の決まり事】

文芸翻訳勝ち抜き道場(2007年~2015年)や通信添削講座(2014年~)、短期講座文芸翻訳和訳演習(2022年~)など、この15年、大勢の方の訳文を見る機会がありました。その間、訳文そのものはお上手なのに、あら、どうしてこういう表記になるの?と不思議に思うケースにけっこうな頻度で出くわしました。そこで、いまさら、と思うかもしれませんが、今回は表記について気をつけてほしいことをいくつか記します(文芸翻訳和訳演習の10月期でお話した内容の一部です)。上で紹介した越前敏弥先生の『文芸翻訳教室』にも出ています(P.009)ので参考にしてください。

1.改行や段落替えは原文の通り。改行も段落替えも、原著者が意図して行っていること。それに違和感を覚えても訳者は原著者の意図を尊重すること。

2.段落のはじめは1文字下げる(意外なことにできていない訳文が多いんです)。これは学校で習ったことと同じ。ただし、文頭がカギカッコ「で始まるときには、1字下げをしません。たとえば:

「酔っぱらっている?」ビグルズウェイドが聞いた。
ドインは男に触れると、その胸に手を当てた。
「いや、死んでいる」

3.カギカッコで閉じるとき、」の直前に句点を入れない。小学校で「さようなら。」と習った記憶がありますが、現在の出版の現場では「さようなら」です。また「  」のすぐ後に文が来る時は、「  」。とはせず、いきなり文を続けます。たとえば:

「さようなら」彼女は振り向かずに去っていった。

4.”……,” he said, “…….”のように原文で一人のセリフが二つに分かれているとき、次のような表記の訳文がけっこう多く出現。考えてしまいました。

×彼は言った。「……、」「……」

これは不可。次の3つの形のいずれかにします。

〇「……、」と彼は言った。「……」
〇「……、……」と彼は言った。
〇彼は「……、……」と言った。

添削や演習の授業ではその都度コメントを入れたりお話したりしています。人に読んでもらう文章を作るのですから、表記にも気を遣いたいですね。

斎藤静代

東京外国語大学英米語学科(当時)卒。産業翻訳や大学受験添削指導を経て出版翻訳へ。出版翻訳歴20余年。訳書は『オードリー リアル・ストーリー』(アルファベータ)、『ロシアの神話』(丸善ブックス)、『ドラゴン:神話の森の小さな歴史の物語』(創元社)、『ママ・ショップ』(主婦の友社)、『千の顔をもつ英雄』(早川書房)、『バレエの世界へようこそ』『刺繍で楽しむイギリス王立植物園の花たち』(ともに河出書房)など。サン・フレアアカデミー誤訳コラムで「ノンジャンル誤訳研究」を執筆中。

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