翻訳学習
2026.03.17
『モンキービーチ』が「本」になるまでのあれこれ:翻訳こぼれ話
初めまして。このたびこちらのコラムに初めて寄稿させていただきます、英日文芸翻訳者の北村みちよです。主に英語圏の文芸小説を訳しておりますが、YA(ヤングアダルト)やノンフィクションの翻訳も手がけています。サン・フレアアカデミーでは翻訳実務検定TQE(文芸)の採点とセミナーを担当していまして、来年度からは、翻訳講座「はじめての翻訳技法」の講師も務めることになりました。
今回は、最新の訳書『モンキービーチ』(彩流社、2026年1月刊行)をご紹介したいと思います。

まずはあらすじから
『モンキービーチ』(原題:Monkey Beach)は、カナダ先住民系女性作家、イーデン・ロビンソンによる長編小説です。舞台は、1970年代から80年代にかけてのカナダ・ブリティッシュコロンビア州西海岸、先住民ハイスラ族の居留地キタマート村。この村で暮らす19歳のリサは、ある日、2歳下の弟ジミーの乗った漁船が行方不明になったことを知らされ、スピードボートに乗って捜索現場へと向かうことに。その途中で、家族旅行で訪れたことのある思い出の地、モンキービーチに寄ろうと思い立ちます。漁船が消えた夜にそこにジミーがいる夢を見たからです。こうして弟をさがす過程で、リサは過去の自分と向き合うことになります……。
作品との出会い
本書は、先住民文学、マジックリアリズム、幻想ミステリ、成長物語といったさまざまな要素の詰まった小説ですが、この本と出会ったのはもう何年も前のことです。当時、お付き合いのあった著作権エージェントさんが、私が興味を持ちそうな面白い作品だからと紹介してくださったのです。読んでみたところ、それまで出会ったことのないようなオリジナリティあふれる小説で、衝撃を受けました。また、育った国や環境は違えど、著者と同世代ということもあり、共感できる点もありました。そこで日本の読者にもぜひ紹介したいと思い、レジュメ(出版企画書)を作成し、『ウィルキー・コリンズ短編選集』と『バーナデットをさがせ!』でお世話になった出版社、彩流社さんに企画を持ち込んだところ、ありがたいことに採用していただきました。
翻訳作業
こうして実際に翻訳することになりましたが、過去と現在が交錯するばかりか、どこからどこまでが現実で、どこからどこまでが幻想か、はたまた夢か曖昧なところが多い作品ですので、簡単な道のりのわけがありません。まずはカナダ先住民やブリティッシュコロンビア州などに関する情報を集め、作品の背景を知ったうえで、翻訳に取りかかりました。試行錯誤しながらもなんとか初稿を提出することができましたが、いざゲラ(校正用の試し刷り)を見直すと、修正したい箇所があちこち出てくるではありませんか! ですが、そうしてブラッシュアップしているうちに、さらに作品の奥深さに気づかされ、しっかりこの魅力を届けねばとの思いを新たにしました。その後も、再校ゲラ、念校ゲラと丁寧にチェックしてくださった編集者さんには感謝の気持ちでいっぱいです。
訳文がある程度仕上がってくると、いつも声に出して読むようにしています。こんな姿を誰かに見られたら異様に映るだろうなと思いながらぶつぶつつぶやいているのですが、本書を訳す際も繰り返し音読しました。そうすると文章がうまく流れているか確かめられますので、学習者の方にもおすすめです。また、今回は特にオーディオブックが役立ちました。所々に出てくるハイスラ語の発音を確認できましたし、原文のニュアンスもつかみやすくなりました。訳抜けに気づいたことは、ここだけの秘密です。
装幀
装幀を手がけてくださったのは、『ウィルキー・コリンズ短編選集』と『バーナデットをさがせ!』に引き続き、仁川範子さんです。編集者さんからは「何かイメージされているものがあるか」とお声がけいただき、希望を聞き入れてくださいました。今回もとてもすてきなデザインに仕上げていただき、家族や友人たちからも大好評です。実は、北米の先住民からは文化英雄と考えられており、本書でも象徴的な役割を果たしている「ワタリガラス」の羽根も、本のどこかに描かれています。ワタリガラスの羽根はふつうのカラスと同じく黒一色ですが、青紫がかった金属光沢がやや強いそうで、見事にそうした仕上がりになっています。この本をお持ちの方はぜひさがしてみてくださいね。
最後にひとこと
こうして四苦八苦しながらも、いろいろな方に支えられてようやく本書を世に送り出すことができました。本国カナダでは、四半世紀前に刊行されて以来読み継がれてきた作品ですが、日本においてもマイノリティや先住民に対する関心が高まってきた今、少しでも多くの方に届いたらいいなと願っております。
サン・フレアアカデミー












