翻訳学習
2025.03.27

輪になって話そう、翻訳のこと(13)
昨年の暮れから何冊も積読してなかなか消化できていなかったのですが、併読の末ようやく大物一冊を読了しました。ただ楽しみたくて、好奇心だけで選んだ本です。でも翻訳と向き合う気持ちを思い出させてくれて…。
『廷臣たちの英国王室』(ヴァレンタイン・ロウ著、 保科 京子訳、 作品社)。「廷臣」は仕える相手が特別な存在なので振り回されているように見えますが、どこか逆に手綱を引いているようにも見えて、それは意外な発見でした。一方「廷臣」をそばに置く王室の人々は、どこまで「自分を生きる」ことができるのか模索しながら人生を送っているんですね。そういう生活に上手に順応できる人もできない人も、とてもご苦労されているんだと改めて知った次第。またマスコミの記事を補足するような内容もあって、ここまで書けるんだ、と驚きもしました。そして翻訳者の立場から言うと、あんなにたくさんの固有名詞(地名、建物や機関の名称、人名)を日本語表記するのはどんなに大変だっただろうと、訳者や編集者のご苦労に頭が下がりました。ちなみに担当編集者は面識のある方だったので、作品はより身近に感じられました。
さて、訳者あとがきを読んでいて「翻訳は決して孤独な作業ではない」と短いながら強い言葉と、編集者や翻訳仲間の助言や支えがどんなにありがたかったかという記述を目にした時、その通り! と思わず頷いていました。翻訳の作業は、本を選ぶところから翻訳作業に入って本になるまで、必ず翻訳者以外の誰かが関わるわけで、翻訳者はそういう人たちと普段から連絡を取り合って、ときには直に会って話をして、人となりを理解してもらって、そうして仕事を進めていくことになります。ひとり原稿とパソコンに向かいながらも、その向こうに支えてくれる人たちがいるんです。わたしもどんなに助けられたことか。そしてそのつながりがどんなに嬉しく楽しかったことか。
季節は春。気持ちを切り替えてやりたいことを始めたり、次の段階に進んだりするにはいいタイミングです。出版翻訳をめざす人! 積極的に外出できる体力と時間のある人! 訳したいジャンルを思い定めて、外に出て翻訳者や出版関係者の集まりに参加してみませんか。各種勉強会もいいですよ。きっと思わぬ縁ができて、出版翻訳への道が開けるでしょう。(まず自分から動いてみないと ← これ、大事。)どうぞ良いご縁に繋がりますように。
****************************************
きょうのおまけ。2025年3月初めに終了した2024年12月期オンライン講座の課題は、Katherine Mansfieldの短編Life of Ma Parkerでした。その冒頭第一文の訳には悩みました。わたしの思考の跡をご紹介します。
1.原文に忠実に訳すなら、主語であるthe literary gentlemanを頭に置きたい:
2.でも冒頭の「その著述家の先生、彼の…」で文が切れるのが難。「…するのだが」というつなぎ方も便利だが好きではない。ではwhose以下の関係節をthe literary gentlemanにかけて後ろから訳したら:
3.主語が長すぎて読みにくい。そこでこれが映像だったら、と考えてみた。すると、ドアを開ける男、その視線の先にパーカーおばあさん、おばあさんがなぜここにいるかナレーション、おばあさんを中に入れて声をかける、となる。それを訳文にすると:
4.原文は1文なのに、訳文が4つというのが気になる。この物語はパーカーおばあさんの話なので、彼女を最初に持ってきてはどうだろう、と考えて:
5.んんん…やはりthe literary gentlemanから始まっているので、彼を主語にして訳文の頭に置きたい:
みなさんはどう訳しますか? 受講生のみなさんもあれこれ悩んで、それぞれご自分の呼吸に合った訳にたどり着きました。文章のリズムや訳語の選択、表記、参考資料など、受講生みんなで考えていくオンライン講座。次回は秋に開講します。どうぞお楽しみに。
春の散歩で見つけた元気の素ビタミンカラー

斎藤静代
東京外国語大学英米語学科(当時)卒。産業翻訳や大学受験添削指導を経て出版翻訳へ。出版翻訳歴20余年。訳書は『オードリー リアル・ストーリー』(アルファベータ)、『ロシアの神話』(丸善ブックス)、『ドラゴン:神話の森の小さな歴史の物語』(創元社)、『ママ・ショップ』(主婦の友社)、『千の顔をもつ英雄』(早川書房)、『バレエの世界へようこそ』『刺繍で楽しむイギリス王立植物園の花たち』(ともに河出書房)など。サン・フレアアカデミー誤訳コラムで「ノンジャンル誤訳研究」を執筆中。