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『英語冠詞ドリル』執筆つれづれ話

2022年に当コラムで拙著『フローチャートでわかる英語の冠詞』を紹介させていただきました。その続編『英語冠詞ドリル』が2024年1月25日に研究社から出版されます。2年前の既刊本では、英語と日本語における「ものの見方」の違いを示し、違いの認識が冠詞を深く理解するために必須であると解説しました。ただし、頭で概念を把握できても実際に英文を書くときは「やはり冠詞の選択に迷う」という方もいるでしょう。迷いをなくすのに最良の方法といえば「練習」しかありません。Practice makes perfect.そんな想いから作成したドリル集には、なんと545問もの問題を収録しています。

執筆にあたっては、身の回りの題材に日頃から目を配り、いろいろな人から話も聞きました。冠詞にまつわるエピソードを二つ紹介します。

まず冠詞について驚くのは、英語ペラペラの人でも可算・不可算の概念に無頓着だということ。私の周りには英会話に何の不安もない日本人がたくさんいます。そんな一人、留学経験があり英会話を教えている人に下記の2文違いを聞いてみました。

A: I like dogs. (dogは可算)
B: I like dog.   (dogは不可算)

すると「I like dogsが正しいのは知ってるけど、dogだとなぜ駄目なの?」と返されました。文Aのdogsは具体的な「犬」を総称するけれど、文Bの無冠詞単数dogは形の定まらない「犬の肉」なんだよ、と説明すると「初めて聞いた!」との感想。ちょっとびっくりでした。もしかしたら英単語の可算・不可算の本質をきちんと理解していない人が多のでは。その疑問から、英語が得意なメンバーの集まりで似た質問をしてみました。次の文AとBでは何が違いますか?

A: I ate fried chickens for lunch. (chickenは可算)
B: I ate fried chicken for lunch.   (chickenは不可算)

全員が「何か違うの?」という反応。実は、この2文に接して英語ネイティブスピーカーの頭に浮かぶイメージはまったく異なります。友人のアメリカ人は、日本人からI ate fried chickens for lunchと言われたとき、思わず大爆笑したそうです。発言の主は「フライドチキンを食べたと」言いたかったはずで、何ピースか食べたのでchickenを複数形にしたのでしょう。でもchickenにsが付いたとたん、鶏肉chickenは丸ごとのニワトリに変身します。友人の頭に浮かんだのは、羽も嘴もついたままのニワトリが油たっぷりの鍋に放り込まれフライにされる図でした。

このエピソードからわかるのは、一つに「冠詞の本質を理解している人は少ない」ということ。そして「冠詞が正しく使えなくてもコミュニケーションには問題ない」という事実も。実際、英語を話すときは冠詞なんか気にしないほうが気楽だし、少々間違えてもわかってもらえます。しかし・・・しかしです。「書く」ときは話が別。書いたものは残りチェックされます。人目にさらされる媒体に「私は犬の肉が好き」とか「羽根つき丸ごとのニワトリを揚げて食べました」など書き記せば赤恥です。もしかしたら、自分の訳文でも似たような間違いをしていないだろうか・・・そう危惧した方は、英語話者の世界観をきっちり学んでください。正しい冠詞選択は、名詞を「数えられるもの」と「数えられないもの」という2大カテゴリーにわけるところから始まります。

次はaとtheの選択問題を作成するときにアイデアをもらった映画を紹介します。トム・クルーズ主演の映画Jack Reacher (邦題『アウトロー』)です。主人公Jackは元米軍の秘密捜査官で、殺人事件の真犯人を追うなか、あるバーに立ち寄りました。そこで若い女性SandyがJackを罠にはめようと近づきます。

Sandy: I am Sandy.
Jack: So was I. Last week at a beach in Florida.
Sandy: What is your name?
Jack: Jimmy Reese.
Sandy: You don’t look like a Jimmy.
Jack: What do I look like?
Sandy: I don’t know. But not a Jimmy.

Jackが使ったJimmy Reeseは偽名。You don’t look like a Jimmy の台詞に【a+固有名詞】の形が使われています。a Jimmyは「ジミーとかいう名前の人」の意味ですが、ここでは「Jimmyって顔じゃないわね」という感じでしょう。名前にaを付ける良い例です。ちなみにI am Sandyと名乗った相手にSo was Iと返したのはギャグで、Last week at a beach in Florida 「先週はフロリダのビーチでsandy (砂だらけ)だった」と続けています。

この会話の最後にSandyは自分の勤め先を告げます。

Sandy: Seriously I work at the auto parts store.

初対面の相手に勤め先を告げるとき、通常はwork at an auto parts storeとして不定冠詞anを使います。しかしSandyはthe auto parts storeと言いました。彼女はこのあと姿を消すのですが、Jackはこのtheを手掛かりに、彼女が働く自動車部品店で見つけだそうとします。Jackの頭の中の推論が下記です(原作『One Shot』by Lee Childより引用)。

Not an auto parts store. The auto parts store. Maybe the only one, or at least the main one.
The biggest one.

ここでaとtheの違いが見事に説明されています。anならば「たくさんあるうちの一つ」。一方、theならばthe only 「唯一」、the main 「主要な」、または「the biggest 最も大きい」。推理の結果、JackはSandyが働く店を突き止めます。そしてJackが店に行くと、看板にはでかでかとDeFault Auto Partsの店名が掲げられていました。映画作成者のウィットを感じさせるディテールです。the auto parts store that people go to by defaultという感じでtheの意味が表されていました。

紹介した二つのエピソードは、名詞の可算・不可算、aとtheの使い方で文意が大きく変わる例を示しています。このような使い分けは、一度頭で理解しただけではなかなか身に付きません。知識を身体化し、無意識のうちに名詞の可算・不可算、単数・複数に加えてaやtheを見極めるレベルに高めるためには何をすればよいか。近道は「量をこなす練習」です!迷わず適切な冠詞を選べるようになりたい。そう願う方たちのために、『英語冠詞ドリル』を用意しました。

遠田和子

青山学院大学文学部英米文学科卒業。在学中にパシフィック大学(米国)に一年留学。 大学卒業後、大手電機会社に勤務。 数年後、年齢・性別による差別がなく実力次第で生涯キャリアを積める翻訳者になろうと独立。フリーランスとして長年にわたり日英翻訳に取り組む。分野は技術から出版翻訳まで多岐にわたる。 翻訳の傍ら、翻訳学校講師・英語プレゼン講師を務め、英語学習本・記事の執筆に取り組む。 著書: 『英語「なるほど!」ライティング』、『eリーディング英語学習法』、 『あいさつ・あいづち・あいきょうで3倍話せる英会話』(岩渕デボラと共著、全て講談社)、『Google英文ライティング』(講談社)、『究極の英語ライティング』、『英語でロジカル・シンキング』(研究社)、『フローチャートでわかる英語の冠詞』(研究社)、『英語冠詞ドリル』(研究社) 訳書: 星野富弘著『愛、深き淵より』の英語版Love from the Depths─The Story of Tomihiro Hoshino、 斉藤洋著『ルドルフとイッパイアッテナ』の英語版Rudolf and Ippai Attena (講談社)、岡本亮輔著『聖地巡礼—世界遺産からアニメの舞台まで』の英語版Pilgrimages in the Secular Age: From El Camino to Anime (Japan Library)、高木凛著『大琉球料理帖』の英語版Traditional Cuisine of the Ryukyu Islands: A History of Health and Healing (Japan Library)

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