翻訳ひといきコラム

翻訳学校のサン・フレア アカデミー

翻訳学習

輪になって話そう、翻訳のこと(9)

2024年はたいへんな災害で始まりました。被災された方々、大事な家族友人を亡くした方々、心よりお見舞いお悔やみを申し上げます。子どもたち、受験生、落ち着かないだろうな。ペットの動物たちやその家族はどうしているだろう。赤ちゃんやその家族は? TVのニュースや新聞・ネットニュースの記事を見たり読んだりするたびに、心が痛みます。できるだけ早く生活が落ち着きますように。

さて前回、シェークスピアのことを書きました。

あのあと『テンペスト』を読んで、戯曲の形に慣れてきたので、絵本の翻訳でなじみのあった『夏の夜の夢』(『夏の夜の夢・間違いの喜劇』松岡和子訳、ちくま文庫)を手に取りました。これは言葉遊びが面白い作品で、たとえば第三幕第一場のボトムのセリフには仰天しました。「わきがのかぐわしき花の香にも似たる」? ボトムは言葉を間違える名人で、松岡さんの注釈によれば「odorous(かぐわしい)と言うべきところをodious(不快な、唾棄すべき)と言いまちがえた」とか。「わきが」とは思い切った訳ではありませんか! 他にも、to the same effect(同じ趣旨で)と言うべきなのにto the same defect(同じ欠陥で)と言ったり(訳は「はっきり意味不明に言うんだ」)、ライオンのことをa more fearful wild-fowl「生きたライオンくらいおっかない猛きん類はないからな」と言ったりしています(wild-beast野生の猛獣のつもりだっただろうというのが松岡さんの注釈)。言い間違えだとわかって、しかも読み進めることができてしまうセリフを生み出した松岡さん、すごいです。さらにご自身も言葉遊びを楽しんでいらして、原文の頭韻・脚韻を踏んだセリフを、日本語訳でも韻を踏む言葉選びをして訳していらっしゃいます。苦労されたとは思いますが、楽しかったんでしょうね、「原文より一語多く遊んでしまった!」と注釈にありましたから。

もうひとつ、気になる日本語を発見。第三幕第二場に妖精パックが「ひっちゃかめっちゃかの大騒ぎ」と言いました。わたしは普段「しっちゃかめっちゃか」と言っているので、これも言い間違いを表わす訳なのかなと思ったのですが、原文はThat befall preposterously.で特に言い間違えたわけではないようでした。それで「ひっちゃかめっちゃか」を調べたところ、東京地方の方言という説がありました。松岡さん、パックに方言をしゃべらせて可笑しみをだしたんでしょうか? (それとも三単現のsがないことを表わした?)

なお、タイトルが『真夏の夜の夢』でなくて『夏の夜の夢』になっているのは、原題A Midsummer Night’s Dreamのミッドサマー・ナイトが6月24日の夏至祭の前夜を指すそうで、そのころのイギリスは「真夏」というほど暑くないから、だそうです(河合祥一郎さんによる解説より)。

自分で自分の訳を添削したら

サン・フレアアカデミーの文芸翻訳講座(通信、オンライン)では、著者の思考に沿って原文の頭から順に訳せるといいですね、とお話しています。特に分詞構文が出てきたときは文の勢いのままそうしたいところ。でも実際には「…しながら~する」と後ろから訳したり、前から順に訳し下したり、ケース・バイ・ケースです。
1月期の文芸翻訳和訳演習ではAlice B. Emersonの名義で書かれた児童書The Betty Gordon Seriesの一つ、BETTY GORDON IN WASHINGTONを読んでいます。その中にこんな文がありました。

Betty scrambled to her feet, forgetting the bouquet so carefully culled, and darted in the direction of the willow hedge.

講座の準備で次のように訳したのですが、時間をおいて読み直したところ、おかしなことに気づきました。わたしはどんなミスをしたのでしょうか?
「ベティは急いで立ち上がると、あんなに丁寧に作った花束のことを忘れて、ヤナギの茂る垣根の方へ走った。」

この訳文、「立ち上がって、それから忘れて、走った。」と読めませんか? でも原文はand dartedの前で文が切れて、forgettingはscrambledの文を補足説明しています。文の切れ目、そしてforgettingがどこにかかるかを確認しそこなったため、原文と訳文にズレが生じたのでした。Betty scrambled to her feet, and forgetting the bouquet so carefully culled, darted in the direction of the willow hedge. であれば、scrambledして、forgettingした状態でdartedした、と訳すことになります。接続詞andの位置によって文の切れ目が変わるというのもよくお話しているのに、わたし自身がそれを忘れてしまうとは!

というわけで、原文と照合して訳文を見直した結果、次のようになりました:
「ベティはあんなに手をかけてさした花のことを忘れて急いで立ちあがると、ヤナギの垣根の方へ走った。」
分詞構文を後ろから訳すオーソドックスな形ですね。やれやれ。

 

【おまけ】
みなさんへささやかなプレゼント、
柴犬をデザインしたチョコレートです。
ハッピーバレンタインデー!

斎藤静代

東京外国語大学英米語学科(当時)卒。産業翻訳や大学受験添削指導を経て出版翻訳へ。出版翻訳歴20余年。訳書は『オードリー リアル・ストーリー』(アルファベータ)、『ロシアの神話』(丸善ブックス)、『ドラゴン:神話の森の小さな歴史の物語』(創元社)、『ママ・ショップ』(主婦の友社)、『千の顔をもつ英雄』(早川書房)、『バレエの世界へようこそ』『刺繍で楽しむイギリス王立植物園の花たち』(ともに河出書房)など。サン・フレアアカデミー誤訳コラムで「ノンジャンル誤訳研究」を執筆中。

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