翻訳ひといきコラム

翻訳学校のサン・フレア アカデミー

翻訳学習

輪になって話そう、翻訳のこと(1)

エリザベス女王が亡くなりました。その数日前まで公務の様子がニュースに流れていたので、あまりの急な事態に言葉を失いました。特別なご縁はまったくなくて、ショックに感じなくてもいいはずなのに。でもわたしが生まれたときからイギリスの元首はこの方でしたからね。イギリスイコールエリザベス女王でした。イギリス国歌はSave the QueenからSave the Kingに代わりました。紙幣や切手もデザインが変わって、順次出回るとか。チャールズ三世という呼び名が口になじむまでどれくらい時間がかかるかしら。

いきなり雑談から始めてしまいました。こんにちは。このたびこのコラムで翻訳についてお話する機会をいただきました文芸翻訳者の斎藤静代です。サン・フレアアカデミーでは通信添削講座とオンライン講座を担当しています。

通信添削講座では、訳文のチェックが中心で余計な話をする(コメントに載せる)ことはほとんどありません。でもオンライン講座では翻訳の技法・考え方だけでなく、ニュースや本や出版など、翻訳の周辺の話を適宜お話するようにしています。翻訳演習なのにどうしてそういう雑談をするかというと…。

雑談から得られるもの

わたしは学生時代には授業の演習やアルバイトの下訳で、社会人になってからはある翻訳講座で勉強しましたが、この翻訳講座がその後のわたしに大きな影響を与えました。そこでは翻訳の「周辺」に関する雑談が充実していて、翻訳の技法よりそちらの方が売り(!)だったのではないかと思うほど。この本読んだことある? こういう作家や翻訳者を知ってる? 最近どんな映画を観た? 昔、○○という作家に会って話を聞いたらね…、など、出版や文化に関する講師の話は興味深いものばかりでした。受講生側からもこんな本を読んだ、映画を観た、美術館に行ったなどと話が広がり、授業の時間はあっという間に過ぎました。あまりに広範囲にわたる雑談で、自分の無知を恥じる場面もありましたが、知識を増やす有意義な時間になったのでした。

人の話は必ず何かを気づかせてくれます。その後に通うようになった出版クラブの洋書の森での「おしゃべりサロン」も大事な場になっています。本の話、映画の話、絵の話、勉強の仕方、読書会の紹介、仕事の見つけ方などなど、話を聞くだけでやる気が出たり、紹介された本や映画などが翻訳の資料になったりもします。もし今の自分には関係ないかなと思っても、頭の片隅に留めておくといいですね。いつか自分を助けるアイテムになります。

というわけで、現在開講している「文芸翻訳和訳演習」はオンラインで受講生のお顔が見えるので、かつての翻訳講座と同じように雑談をするようにしています。7月期第3回の講座では、冒頭のエリザベス女王崩御の話から始めました。そしてそこから女王が主人公になっている本の話や、女王一家が登場する児童書の話に移りました。イギリスでは王室メンバーを登場させる作品を多く見ます。映画でもドラマでも小説でも。それが不思議で素敵でうらやましいなあ、なんて。そんな気持ちもそのままお話ししました。そして紹介したのが『やんごとなき読者』(アラン・ベネット著、市川恵里訳、白水社)と児童書『Who Let the Gods out?』シリーズ。前者にはわたしたち一般民衆と変わらない女王陛下が、後者にはイギリスを守るスーパーマンのような女王陛下が登場します。前者の自然な日本語表現や後者のスピード感あふれる英語表現は、いつか原文の理解と訳出の助けになるかもしれませんね。それからついでですが、DVDもお勧め。耳から入る英語に慣れておくと、原文のセリフを読んだときに抑揚まで聞こえた気になれますから。


このコラムではそうした雑談に加えて、「文芸翻訳和訳演習」講座でとりあげた翻訳の技法・考え方(セミコロンをどう処理するか、とか、訳し上げるか訳し下げるか、など)を「こぼれ話」的に紹介していく予定です。テーブルを囲んでみんなで翻訳について語り合う、そんな場の疑似体験をしていただければと思います。

ではお付き合いのほど、どうぞよろしくお願いいたします。

(追伸)誤訳研究のコーナーも担当しています。loveやlocal、madといったよく見る単語をどう訳すか、そんなことを説明しています。そちらもぜひご覧くださいませ。

斎藤静代

東京外国語大学英米語学科(当時)卒。産業翻訳や大学受験添削指導を経て出版翻訳へ。出版翻訳歴20余年。訳書は『オードリー リアル・ストーリー』(アルファベータ)、『ロシアの神話』(丸善ブックス)、『ドラゴン:神話の森の小さな歴史の物語』(創元社)、『ママ・ショップ』(主婦の友社)、『千の顔をもつ英雄』(早川書房)、『バレエの世界へようこそ』『刺繍で楽しむイギリス王立植物園の花たち』(ともに河出書房)など。サン・フレアアカデミー誤訳コラムで「ノンジャンル誤訳研究」を執筆中。

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