翻訳ひといきコラム

翻訳学校のサン・フレア アカデミー

海外だより

ゴルフのある生活

今年の元旦、プレイ前の朝日

還暦を目前にして、ゴルフを始めた。

翻訳家として生計を建てる事を目標に、翻訳の国家資格取得のためオーストラリアへやってきたものの、気が付けば不動産の仕事を20年近く続けている。自営業になってからは、常に仕事が頭から離れず、ヨガクラスで瞑想を行っていても、夢の中でも、仕事の段取りを考えたりしている。「ライフ・ワーク・バランス」が全く取れていない毎日をずっと過ごしてきた。

そんな中、弁護士の友人のひと言が響いた。50歳を過ぎてゴルフを始めた彼女は、週に数回コースを回っているという。「ゴルフが上手くできないことくらいで、なんでこんなに落ち込むんだろう、って自分でも不思議なのよ」。

ゴルフって、そんなにものめり込めるものなの?ゴルフをやれば、私も仕事のことを忘れられるのかなぁ…。俄然とゴルフに興味が湧いてきた。

20代前半のバブル期、ブランド物のゴルフバッグを担ぎ、ボーイフレンドが運転するヨーロッパ車に乗り込んでいく友人達を横目に、ゴルフバッグを買うお金も無く、外車に乗るボーイフレンドもいなかった私は、「ゴルフなんて、やりたくもないわ!」と強がっていた。その後就職し、上司に誘われてゴルフを始めようかなぁと思った時には、先に始めて既に辞めていた友人達から、「絶対に続かない!時間とお金の無駄」と説得され、ゴルフを始める事はなかった。

そんな、これまで縁が無かったゴルフをやろうと決めた私は、週1回6週間の初心者クラスに参加した。参加者の殆どは自分のゴルフバッグ持参で、装いもポロシャツにミニスカートというゴルフウエア。Tシャツにゆったりパンツという私はクラブも持っておらず、先生に借りたクラブの握り方もわからない。他の人達がカパーンとボールを打っている中、ひたすら空振りを繰り返した。6週間のクラスが終わるまでに、私が打ったボールが宙を飛ぶことはなく、クラスは全然楽しくなかった。それでも、やっている間は仕事について全く考えなかった。

「ゴルフ場では襟付きのトップスを着るように」と先生に言われ、ゴルフ場のショップで、マネキンが着ていたカラフルなトップスと黒いパンツを試着してみた。「どうかなぁ?」と友達に聞くと答えに窮している。「韓国ドラマに出てくる田舎のオバちゃんに見えない?」と言うと、友達は「それを言いたかった!」とお腹を抱えて笑った。

6週間のグループレッスン終了後、更に4週間のグループレッスンに参加した。クラブを握る事には慣れてきたものの、私が打つボールは相変わらずゲートボール状態で地を這った。業を煮やした私は、ゴルフ場のプロコーチにパーソナルトレーニングをお願いした。するとスイングの欠点をすぐに指摘して修正して貰い、ボールが少しずつ浮くようになってきた。その先生が新しく開いたインドアゴルフ場のメンバーにもなり、仕事の後や週末、インドアゴルフで練習に励んだ。

リタイア後に毎日ゴルフを楽しんでいる姉妹のお客様から、一緒にコースへ出る事を勧めて頂き、「時間がかかって迷惑をかけるから」と頑なに断っていたが、「コースに出ないとうまくならないし、コースでしか学べない事もあるから」と言って頂き、昨年の5月から一緒にコースを回り始めた。コースでは技術だけでなく、マナーやルール、気配りなど学ぶことが山ほどある。また精神状態によってプレーが大きく左右されるので、自分自身と向き合う事も必要になる。コースに出なければ、わからなかった事だった。

鳥のさえずりや、美しい木々や花々を見ながらコースを回るのは最高に気持ちが良い。コースには野生のワラビーがいて、ボールを当ててしまわないかと心配になるが、向こうも慣れたもので、いまのところ当たったのを見た事は無い。プレーの後に皆で飲む一杯のビールが、これまた最高に美味しい。

毎週コースを回っていると、顔見知りの人も増えてきて、技術や考え方等を教えて貰うこともある。ゴルフを始めていなければ出会わなかった人達だ。また旅行に行っても、現地でゴルフをするという楽しみも増えた。

プレイ後に見た満月は美しかった

私がゴルフに求めていたのは、新しい趣味でも、出会いでも、エクササイズでもなく、「仕事のことを考えない時間と空間」だけだったのだが、予想もしていなかった多くのものを得ることが出来た。ゴルフ中は仕事を忘れているのに、そこで学んだことが仕事に生きることもある。例えば、クラブを強く握りすぎると力を封じてしまうと気づいた時、仕事でも、力みすぎると自分や周りの力を引き出せないかもしれないと思った。

私が始めたのはたまたまゴルフだったが、何か新しいことを始め、知らない世界に飛び込むことは、予想以上に自分の世界を広げてくれる。「ゴルフのない生活」を送っていた私が、今の「ゴルフのある生活」をまったく想像できなかったように、この文章を読んでくださっている方も、未だやったことのない何かを始めることで、思いもしなかった新しい世界に出会えると思う。年齢や住んでいる場所、環境に関係なく、それまでやったことのないことを始める楽しさを、ぜひ味わってほしい。

ゴルフを始めるきっかけをくれた友人は、今もさらに腕を磨いているらしい。いつの日か一緒にコースを回れる日を楽しみに、私も練習を続けていきたい。

消防の会社がスポンサーだった週は、ティーグラウンドに消防車が鎮座

熊谷 美保

福岡県出身。2003年通訳・翻訳の勉強にオーストラリアのメルボルンへ。 2007年、ケアンズへと移り地元の不動産会社に就職。その後、当時のパートナーと不動産会社DJスミスプロパティを設立し、2017年に単独オーナーとなる。 ケアンズで不動産仲介、賃貸管理業務を行い、日本人のお客様にもご愛顧頂いている。 今は翻訳の仕事から離れているが、いつの日かオーストラリア人作家の作品を日本に紹介するのが夢。

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