海外だより
2025.10.15

アメリカでの「人生の終末」を考える①
今年5月中旬、義母 Eleanor(エレノア)が他界した。3月に94歳の誕生日を迎えたばかりだった。
基本的に健康な人で、93歳まで3人の子供を出産した以外、入院もしたことがなければ、どこかが悪いとも聞いたことがなかった。血圧、血糖値、コレステロール値も正常だった。
特に食欲は旺盛で、レストランに行くとよくステーキを注文し、デザートには必ず大きなアイスクリームを食べていた。杖や歩行器も使わず歩いていたので、家族の間では、「エレノアは、彼女のお母さんも92歳まで生きたので、100歳まで大丈夫よね。私たち子供の方が早くバテてしまいそうだ」と言っていた。
U T I(Urinary Tract Infection 〜 尿路感染症)の問題
義母は、2019年11月に60年以上住み慣れた東海岸のワシントンD.C.から、息子が住むオレゴン州ポートランドに移ってきた。
彼女は、この地域では比較的高級な老人ホーム(Retirement Home)の3L D K(約170平米)に居を構え、毎週末我が家に来て、私たち夫婦と一緒に食事を楽しみ快適に暮らしていた。
義母が住んでいた老人ホームの外観
ホーム内の一角
談話のためのホール
ところが、2024年夏頃から時々幻想の症状が出るようになった。例えば、「ワシントンD.C.に帰る準備をしているので、明日空港に送ってくれるように・・・」「自分は今大きな客船でポートランドに向かっているので、明日の朝港に迎えに来てください」など電話で依頼してきた。
400人もの老人が住むこの施設では、看護師や介護士などの専門家が常時いるので相談すると、「U T I-Urinary Tract Infection(尿路感染症)」の影響ではないかと言われた。
彼女の主治医がいる総合病院で診てもらうと、やはりU T Iの影響だろうとのことだった。昨年初めぐらいから時々U T Iに感染していた義母だったが、幻想の症状は夏まで出ていなかった。夏に受けたC Tスキャンでも、医師からは特に悪いところは見つからなかったとのことだった。
今年1月になると、排便に血液が混じっていると義母から報告があり、施設内の医療関係者に話すと、老人の場合、便秘で血便になることが多々あるとのことだったので、それほど心配はしていなかった。
義母は、幻想や物忘れの症状は多くなっていったが、普段通り息子と一緒に食料品の買い物に出かけ、自分で食事の準備をしながら過ごしていた。動きが次第に遅くなってきてはいたが、90歳を超えた女性なので当然だと思っていた。
突然の癌の可能性と余命宣告
4月初旬の週末、我が家で夕食を終えた後、義母は椅子から立ちあがろうとするがうまく立ち上がれず床に尻餅をついてしまった。幸い大きな痛みもなく、夫と私で介助しやっと立ち上がらせ、施設まで送っていった。
ところが数日後、義母は自宅で就寝中、自分でトイレに行こうとしてベッドから落ち、救急車で病院に運ばれた。
翌日の早朝のことだった。義母の主治医から夫に電話があった。
「昨夜救急で入院されたお母さんのことですが、ベッドから落ちたためにC Tスキャンで検査しましたが、腰にも頭にも骨の異常は見られませんでした。しかし、血液中のカルシウム値(Calcemia~血中カルシウム濃度)が異常に高く、また子宮に腫瘍があるようです。このカルシウム異常値を考えると、子宮・子宮頚癌の疑いが濃いと思われます。このまま放置しておくと、余命2週間ぐらいです。」
夫:「え〜〜っ? 余命2週間? 青天の霹靂とはこのことか? 血液中のCalcemia? 聞いたことがない。子宮癌の可能性? 本当ですか?」
主治医:「子宮癌であるとは、生体検査をしない限りには断定できません。しかし、血液中のカルシウム値からもほぼ間違いありません。この症状は、癌による生命の危機というよりは、血液中のカルシウムが生命を脅かすということです。」
夫:「癌とは断定できない? では、血液中のカルシウム量を減らす事はできるのでしょうか? もし2週間以上延命するためにはどうしたらいいのですか?」
主治医:「子宮癌であるかどうかは、生体検査をしなければ確定できません。癌の種類などがはっきりすれば手術をすることはできます。しかし、94歳という年齢を考えると、これが最善の方法かどうかは分かりません。
また手術をしないでカルシウム値を下げ延命をする方法がありますが、ほんの数週間しか効力がありません。それは、点滴によってカルシウム値を一時的に下げる方法です。この点滴の効果はほんの数日しか持たないのですが、カルシウム値が下がると普通の生活ができるくらい元気になります。しかし、数日するとまたカルシウム値が上がり始め、日に日に弱っていきます。」
検査前、我が家に夕食を食べに来ていた義母が、「下着がお腹を締め付けてきついので、どうにかしてくれないか」と言った。私はどうしたら良いか判断がつかず鋏で下着を切った。義母はちょっと気持ちよさそうにしながら、私にいった。
「このお腹の部分を触ってみて・・・」
私は驚いた! そこには、握り拳ほど大きな塊があった・・・。
義母は腹部のシコリがこのように大きくなるまで、どうして黙っていたのだろう。
主治医にも定期的に会っていたので、どうして医師に相談しなかったのだろう。
義母は約10ヶ月前、かかりつけの総合病院で、主治医の指示で全身のC Tスキャンを撮っていた。しかし、医師の話によると「その時このような腫瘍は見つからなかった」そうだ。
夫は、何度も主治医と直接話しているので、「主治医が説明してくれたことはほとんど間違い無いだろうし、理解もできる」と言った。しかし、夫から話を聞く私は、腑に落ちないことが多く疑問ばかり残るのだった。
まず、90歳を超えた老人の癌細胞が、あの大きさになるには、どのような癌細胞で、どれほどのスピードで増殖したのだろうか? 医師は、癌については生体検査をしなければ何も言えないと言う。子宮癌と血液中のカルシウムの関係は何なのだろう?
義母は調子がすぐれない時、何度かこの医師に会っている。
夫は、義母を検診に連れ行く時毎回同席していた。義母は自分で医師に「UTIを再発させないためにはどうしたら良いか。物忘れがひどくなってきているが、この症状を緩和することはできないか(アルツハイマーのテストを受け、初期症状は見受けられるとの結果)。時々便に血が混じっているが何が原因か。手の痛みは骨粗鬆症によるものか。足がつってとても痛いが、どうしたらよいか」などの相談をしていた。しかし、肝心のお腹の塊については医師に伝えたことがなかったので、夫は全く気づかなかったと言った。
今となっては義母に聞くこともできない。高齢でずっと健康であったので、それほど重大な病気だと思わなかったのかもしれない。
このような質問を受けた医師は、義母と夫に丁寧に応えていたのだろう。しかし、検診の時、義母のお腹の触診は全くしなかったのだろうか? なぜ血便が出た時、便をラボに送って検査しなかったのか? 子宮からの出血ではなかったのか?
癌細胞がこれほど急激に増殖していたのであれば、血液検査をすれば何かの異常は見られなかったのだろうか? 血液検査はしたのだろうか、などなど疑問が沸々と湧いていた。
しかし、私がこのような疑問を直接この医師に聞く機会はなかった。
私の主治医は、血圧や脈拍は看護師が機械を使って測定するが、血液検査の他、聴診器で呼吸器系や心音などを調べ、顎から首、お腹も異常がないかどうか触診してくれる。
しかし、アメリカでは、近年若い医師たちが機械によるデータに頼ることが多く、患者に直接触れる「触診」をすることが極端に少なくなってきていると聞いた。
日本ではどうなのだろうか。
子宮癌であるはず!
主治医は、義母に「子宮癌の疑いがある」とは言うが、決して「子宮癌である」とは言わない。生体検査を受けなければ病名と詳細は出せないと主治医は主張する。そして、子宮と子宮頸癌の精度の高い生体検査を受けるためには、麻酔を受け子宮内膜全面の組織を採取するため強い痛みを伴う場合があるとのことだった。
義母は、生前自分で「Advanced Medical Directive-医療処置事前指示書」を書いており、「Fatal disease(致命的病気)」の場合、延命処置としての機械やチューブの治療は受けないとの意思を明確に示していた。
夫は、この組織検査を受けさせるかどうか、Michiganに住む妹とNew Hampshireに住む弟と相談した。結果、義母の医療処置事前指示書に記されている意思に従い、生体検査を受けないことに決めた。
つまり、患者として、家族として、あれほど大きなコブが腹部にあって、血液中のカルシウム値が高くて癌である可能性はあっても、病名として「癌とは断定できない」という医師からの結論を受け入れるほかなかった。(つづく)

田中 寿美
熊本県出身。大学卒業後日本で働いていたが、1987年アメリカ人の日本文学者・日本伝統芸能研究者と結婚し、生活の拠点をオレゴン州ポートランドに移す。夫の大学での学生狂言や歌舞伎公演に伴い、舞台衣裳を担当するようになる。現在までに1500名以上の学生たちに着物を着せてきた。2004年から教えていた日本人学校補習校を2021年春退職。趣味は主催しているコーラスの仲間と歌うこと。1男1女の母。