海外だより
2025.02.19
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偏見と差別〜②
私はアメリカに長く住んでいても、自分が偏見や差別の対象となった、あるいはそう感じたということは比較的少ない。それは差別を受けるような職場や団体などに自分がほとんど所属しなかったことで避けられてきたと思う。
コロナ以降、アメリカでは、差別意識に基づいたアジア系の人たちへの暴行や中傷(ヘイトクライム)が急激に増えて行った。コロナの発祥元が中国であるという風評が広がり、その後アジア人ヘイトにつながった。普通のアメリカ人にとって、アジア人といっても外見だけでは中国人かベトナム人か日本人かなど区別はつかない。
コロナ発症後3年程は、暴行を受けたアジア人についてのニュースがよく流れた。2020年9月、ニューヨークで活躍中のジャズピアニスト海野雅威氏は、ニューヨークの地下鉄で黒人グループに襲われ大怪我をした。ニューヨークでアジア人女性が歩いていた路上で白人男性に突き飛ばされ死亡。アジア人女性が地下鉄で押され、入ってきた電車に当たり死亡。サンフランシスコではアジア人女性が突き飛ばされ頭を強打し病院に搬送されたなどなど。アジア人への暴行、暴言は、調べてみると数限りなく行われ、社会問題となっていた。男性よりも女性の方が、そして若い人より老人の被害件数が多かった。つまり自分より弱者を狙っての犯行だ。
私は当時、日本人女性の友人たちと、自分たちがこのような危ない目に遭わないためにはどうすれば良いかなどよく話した。
昨年は、ニューヨーク在住の有名な写真家橋村奉臣氏が突き飛ばされ死亡した。この事件は、彼がアジア人だったから起きたのかどうかは定かでない。しかし、ここポートランドでも2023年6月、就任したての総領事吉岡氏がダウンタウンを歩いていただけで、ホームレスの若い黒人女性に突き飛ばされ、頭に7針を縫う怪我をされた。この事件は、被害者が外交官、そして総領事だったので日本でもニュースとなった。夫と私は、その後吉岡総領事に会う機会があったので事件について直接聞いたのだが、その女性は、自分とちょっと目があっただけで飛びかかってきて突き飛ばしたそうだ。この女性は、前年にもアジア人男性に背後から襲いかかり、頭を繰り返し殴ったり、首を絞めたりした。明らかにアジア人ヘイトである。
アメリカは車社会であるから、自宅から目的地まで車で移動する人が多い。大都市で生活する人以外、バス停まで歩いて行く、電車や地下鉄に乗るために駅へ行く人は少ない。私は、結婚してアメリカに住み始めてからバスには一度も乗ったことがない。どこに行くにも車で出かける。バス停まで歩いて30分ぐらいかかるし、バスの運行本数も少ない。車で15分ほどで行けるところも結局1時間以上かかるので、バスは利用しないのである。アメリカの郊外の住宅地でバス停が近くにあるところは少ない。出かけるための移動の段階では、他の人との接触は少ないわけである。
私はダウンタウンなどで歩く場合、路上で自分の行く先に浮浪者やすれ違うことに戸惑いを感じるような黒人男性がいる時、車道を渡って反対側の歩道へ移動するようにしている。完全な偏見である。相手はただ道路を歩いているだけなのに、アジア人女性から偏見を持たれ恐れ避けられる!
しかし、これは私が自分自身を守る最良の方法として「近づかないが一番!」と思っているからだ。もちろん白人やアジア人の男女でも挙動不審な場合は同じように避けるが、普通の白人男性が向こう側から歩いてくるからといって道路を横切って反対側に移動することはない。相手を見て「Hi!」と言って微笑むことが多い。
アメリカには、人種と性別について差別と格差があると聞いたことがある。確固としたデータがある訳ではないが、私も同じような考えを持つようになって来ている。
カテゴリーとして分類するならば、第1が白人男性、第2がアラブやインド、南米系などの有色人男性、第3が白人女性、第4が黒人男性。5番目がアジア系を含む有色人女性、最下位が黒人女性。夫はこの意見に対し、2番目と3番目がいれかわり、白人女性が2番目にくるのではないかと言っている。
これは大きな目に見える不平等、偏見というわけではなく、アメリカの日々の生活で感じる私の劣等感にも通じるかもしれない。私のランクは下から2番目だ!
例えば、家を買うとき、車を買うとき、様々な修理の交渉ごと、もし事故にあった場合の処理などの場合、上位に属している人の方が交渉をうまく進めやすいということだ。
私のような少々言語障害のアジア人おばさんとの交渉では、相手がまず判断するのは私の外見だろう。そして言語で見下される。これが多人種、多民族の国家、アメリカの実態だと思う。
私は交渉ごとの長年の経験でそれをよく承知しているので、相手が白人男性の場合、必ず夫を前面に出す、あるいは一緒に事に当たることが多い。我が家にはヒスパニック系の庭師や家の工事の人たちもくるが、ニコニコ笑って優しい人が多いので、私が対処する。白人男性が私を見る場合、挨拶してまず「移民のアジア人女性か〜」というのが頭をよぎるだろう。私自身も初対面の場合、まず外見で分類するだから仕方がない。
私の日本人の友人のご主人は白人である。ある時ご主人が運転をしていた時、高速道路で自分の前をノロノロ走っている車があった。あまりに遅いので追い越すことにした。その時運転手を見たら、アジア系女性であった。ご主人は、”That’s right! Asian Woman driver!”と彼女に言った。驚いた友人は、思わずご主人に向かって「私もアジア人女性ですけど・・・」と言った。ご主人は苦笑いしたそうである。
さて、昨年アメリカ大統領選挙が終わって、カマラ・ハリスが敗北したという結果が出た時、私には、ハリスがなぜドナルド・トランプに完敗したか理解できなかった。片親に育てられたにも関わらず努力し、頭脳明晰、よく働く副大統領であった。笑顔がとても美しいハリスのどこがトランプに劣るのか?ハリスに大統領になって欲しかった!
私は、夫や子供達にもハリスの何がトランプに負けた要因なのか尋ねた。
夫も息子も娘もバイデンの問題、そして民主党の戦略の間違いはともかく、「人種偏見と差別という概念が多くのアメリカ人に根強くある」ということだと言った。つまり、ハリスがアフリカ系黒人とインド系アジア人のハーフであること。そして男性社会の中の女性であること。ハリスは、移民の両親のもとに生まれ、人種として最下位に近いところにいる。自分より下位に属する女性が、自分たちの上位に立ち、世界一の国アメリカの大統領になることを受け入れられない「偏見と差別」を根本的に持っているアメリカ人が多くいたということなのだろう。
振り返って2016年の大統領選挙では、ヒラリー・クリントンが民主党予備選挙で勝利し候補指名を受け、アメリカ史上初めて女性民主党の大統領候補となった。本選挙では、人気得票数(Popular Vote)でドナルド・トランプを上回る大健闘の結果だったが、州単位の選挙人獲得数でトランプに敗れてしまった。彼女は白人女性である。
ハリスが大健闘したことは間違いない。人気得票数(Popular Vote)では、トランプに僅か1パーセントの差で負けた。
ハリスの地盤であるカリフォルニアでは多種多様な人種、女性が州の要職に就いている。州知事は男性だが、最も大きな街ロサンジェルス市長は黒人女性である。オレゴンも現州知事はゲイの女性だ。前女性知事はバイセクシュアルであることを就任中に公表した。ワシントン州を含めた”Blue State〜民主党州”では、このような多様性のある女性が多く活躍している。
アメリカも女性やマイノリティが活躍する時代が少しずつ訪れている。しかし、今回の大統領選挙では、”Red States〜共和党州”や”Swing States〜その時の候補者次第で民主党か共和党かに変わる州“において、ハリスは受け入れられなかった。
ロサンジェルス市長としては、女性として初めて、黒人としては2人目のKaren Bass
写真:Wikimedia Commons
オレゴン州知事Tina Kotekはゲイであることを公表している。
前州知事に続いてのゲイ女性知事
写真:Wikimedia Commons
今年1月20日、大統領就任式(Inauguration)でドナルド・トランプが第47代大統領に就任した。
トランプは、トランプタワーなどの固定資産税の未払い、また、2020年の大統領選挙戦に際して「不倫口止め料」を支払い、虚偽記載したこと対し有罪が確定した。しかし、大統領となった今、検挙されることはない。そして、トランプは、大統領就任後すぐに、2021年の連邦議会襲撃事件で有罪判決を受けていた約1600名の受刑者全員を恩赦した。これには多くの抗議の声が上がった!
私はハリスが初めての女性大統領、女性の有色人種大統領になるかもしれないとアメリカ人の寛容性に期待していた。その期待は裏切られた。
人間の「偏見と差別」がなくなることは、永遠にないかもしれない。しかし、私がアメリカで初めて一緒に暮らした黒人女性ジュディが私に言ったことは、決して忘れられない。
「異民族、異人種間の結婚がどんどん増えていけばいい。そうすれば、数百年後、数千年後、世界中の人間の肌の色が同じになるかもしれないでしょう!」
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田中 寿美
熊本県出身。大学卒業後日本で働いていたが、1987年アメリカ人の日本文学者・日本伝統芸能研究者と結婚し、生活の拠点をオレゴン州ポートランドに移す。夫の大学での学生狂言や歌舞伎公演に伴い、舞台衣裳を担当するようになる。現在までに1500名以上の学生たちに着物を着せてきた。2004年から教えていた日本人学校補習校を2021年春退職。趣味は主催しているコーラスの仲間と歌うこと。1男1女の母。