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日日是発見(1)K-BOOKアートツアー江陵・春川編ツアー記1

はじめまして。五十嵐真希といいます。韓日翻訳に携わっており、サン・フレア アカデミーでは講師やTQEの採点(採点は今はやっていません)などを担当してきました。
この度、「翻訳ひといきコラム」にエッセイを不定期連載することになり、タイトルをどうしようか悩んで頭に浮かんだのが「日日是発見」。
私が好きな詩人アン・ドヒョンの文章、「詩人は発明する人ではなく発見する人」からお借りました。日々の暮らしや翻訳において「発見」した韓国のことを綴っていきます。(写真は江陵の海)

まずは、「K-BOOKアートツアー江陵(カンヌン)・春川(チュンチョン)編」(K-BOOK振興会 江原文化財団 共催)のツアー記から。「K-BOOKアートツアー」とは、韓国の文学館や書店、出版社を訪問するツアー。

ツアーの日程10月13日(金)から16日(月)は、締切や担当している講座など様々なスケジュールが重なっていた。予定を変更して参加した場合、帰国後に自分の首をぎゅうっと絞めることになるのはよくわかっていたのだが、あちらこちらに頭を下げて変更してもらった。こうまでしてもこのツアーに参加したかったのは、烏竹軒、李孝石文学館、金裕貞文学村が旅程に含まれていること、韓屋(伝統的な建築様式の建物)に泊まれること、『常磐の木 金子文子と朴烈の愛』(後藤守彦訳、同時代社)の著者キム・ビョラさんにお目にかかれるかもしれない等々、私を魅了してやまないトピックがいくつもツアーの案内にあったからだ。

集合場所はソウルの金浦空港。ここからチャーターバスに乗って一路、江陵まで向かう。金曜日のソウルは道路もかなり混雑していて、高速道路に入るまでに時間がかかった。やっと高速道路に乗りしばらくすると、長いトンネルが延々と続く。トンネルを抜けたかと思うとまたすぐにトンネル。果てしない山々を突っ切っているんだなとしみじみ思った。江陵は朝鮮半島の東側、東海(トンヘ、日本海)に面していて、半島を南北に連なる太白山脈の険しい山々を越えなければならないのだ。山を貫くトンネルをバスは猛スピードで走っていく。車体が浮いてしまうほどのスピード!

『白い船』(東峰直子訳、クオン)の著者ユン・フミョンは江陵出身だ。彼が李箱文学賞大賞(芥川賞に相当する文学賞)を受賞したときの所感「文学的自叙伝」に「昨今、いくつもある峠を越えられなくて江陵にたどり着けなかったという人はいないだろう。ここは景勝地として誰にでも開放されている」という文があったことを、揺れるバスの中で思い出していた。

江原道地図 江原道の「江」は「江陵」、「原」は「原州」のこと。

予定を大幅に超えてバスは江陵に到着。時間外となってしまったため、念願だった烏竹軒の見学は叶わなかった。残念だがしょうがない。烏竹軒とは、5万ウォン札の肖像画になり、芸術家、良妻賢母として有名な申師任堂と、彼女の息子であり、5千ウォン札の肖像画である儒学者の李珥が生まれた家のことだ。敷地には国宝の建物があり、2人にまつわる書画なども展示されているという。イ・ヨンエとソン・スンホン主演のドラマ「師任堂、色の日記」のロケ地にもなったそうだ。

烏竹軒 入口

宿泊は烏竹軒の真向かいにつくられた韓屋村。宿泊できる韓屋が何棟もあった。クネ(大きなブランコ)もあり、瓦屋根の韓屋の間を散歩していると、気分はもう両班(朝鮮時代の貴族)だ。建物の中もかなり広く、2人で宿泊してもゆっくりくつろぐことができる。同室の方は翻訳家の大先輩。オンドルの効いた(薪や練炭ではなく、現代式の床暖房だったけど)床にぺたりと座りながら、韓国に関するさまざまな経験談を聞かせてもらった。翻訳家として活躍されている方々はみな好奇心旺盛で、フットワークが軽いといつも思うのだが、この方もまさしくそのようなタイプで、話のひとつひとつがとても面白い。あっという間に1日目の夜が過ぎていった。

韓屋村

初日の夕食についても書いておこう。江陵は海に面しているため、海水のにがりでつくった豆腐料理、スンドゥブが郷土料理となっている。スンドゥブというと真っ赤な辛いスープを頭に浮かべるかもしれないが、ここのは白い。真っ白いふわふわの甘みのある豆腐にいろいろなキムチや薬味を混ぜて食べていく。豆腐のやさしい味が空っぽの胃に広がった。

韓国の食事といえばスッカラ、チョッカラ。スッカラは匙で、チョッカラは箸だ。両方とも金属製だから食事中にはカチャカチャと音がする。スンドゥブに舌鼓を打つ私たちの食卓にこの音が楽しげに響き、旅の心をさらに浮き立たせてくれた。(つづく)

白いスンドゥブ

五十嵐真希

早稲田大学卒業。2006年に翻訳実務検定「TQE」に合格。法務翻訳、会計翻訳、記事翻訳、ゲーム翻訳など様々な分野の韓日翻訳に従事した後、出版翻訳に携わるようになる。訳書にキム・ウォニョン『だれも私たちに「失格の烙印」を押すことはできない』(小学館)、アン・ドヒョン『詩人 白石――寄る辺なく気高くさみしく』(新泉社)、イ・ジャンウク『私たち皆のチョン・グィボ』(クオン)など、共訳に『韓国、朝鮮の美を読む』『韓国、朝鮮の知を読む』『朝鮮の女性(1392-1945)—身体、言語、心性』(以上、クオン)などがある。 X: @maki50arashi

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