翻訳ひといきコラム

翻訳学校のサン・フレア アカデミー

翻訳学習

輪になって話そう、翻訳のこと(6)

梅雨ですねえ。雨の日が続いてうっとうしく感じる季節ですが、神サマはうまく作ってくださいました。アジサイの花。特に青いアジサイは涼やかで爽やかで、うっとうしさを払ってくれます。我が家のアジサイも青系で、数十年がんばって咲いてくれています。

さて青にちなんで、本の宣伝をさせてくださいませ。

『バレエの世界へようこそ!』重版報告

2023年新装版

2015年に河出書房新社から出た『バレエの世界へようこそ』が、5月23日に新装版として重版されました。初めの版はピンクを基調とした表紙で、どこか甘い香りがしそうな、可愛らしさが前面に出る感じですが、今回の新装版は青が目を引き、大人びたシャープな印象になりました。また最初の版の表紙を飾るのが女性のダンサー一人なのに対して、新装版はパ・ドゥ・トゥで、男性と女性のバレエダンサーが美しいポーズを見せています。表紙は本屋さんを訪れる人の目を惹きつける大事な要素。時代や読者の意識の変化に対応しているのかな、と思ったりしています。ちなみに、「バレリーナ」はイタリア語で女性のバレエダンサーを表す言葉。男性は「バレリーノ」だそうです。一般には男女の区別なく「バレエダンサー」と言います。

2015年版

コープロのこと

さて、この本はページをめくって眺めるだけでも楽しい作品です。つまり写真や図版がメインと言ってもいいくらいのもの。「コープロ」という形で製作されました。「コープロ」co-productionとは、複数の国の出版社が原書の写真・図版をサイズ・レイアウトを変えずに使い、文字の部分だけ翻訳して製作データを作り、それをある一か所の工場へ送って各国語同時に印刷する、という方法です。写真や図版のサイズやレイアウトを変えることができないので、文字の部分は面積が変えられず、結果として訳すときには字数制限を受けることになります。

字数調整は訳文を磨く?!

たとえばP.5にこんな訳文があります。

「舞台を見るのは、とてもすてきな経験です。ダンサーのテクニックや生の音楽、眼をみはるようなセットや華やかな衣装――なんて豪華でしょう! バレエの公演にはいろいろな種類がありますが、一幕物のバレエが3本まとめて見られるトリプルビルがおすすめ。1回の公演でさまざまなダンスが楽しめます。」(139字)

原文は:(下線部は字数調整した部分)

Watching a live ballet performance is an incredible experience. The whole event can be spectacular – from the dancers’ skills, to the live music, amazing sets and stunning costumes. If you are thinking of going to watch ballet, there are several kinds to choose from. If you can, it is often worth going to watch a triple bill. This is a performance in which you will get to see three one-act ballets. This way, you can watch a variety of dance in one programme
(Ballet Spectacular‎ P.5  by Lisa Miles, Carlton Kidsより)

原文通りに訳したときには171字、少し手を入れて152字、そして最終的に139字にまで縮めました。原文のどこが大事かを見極め、削ったりつなげたりしても大意に影響がなければそういう処置をして、全体の文字数を調整したのでした。

文字数は、編集者さんと読み合わせをしながらその場で調整しましたが、すぐには減らせなくて悩むこともありました。あるページで調整の名案がうかばず困っていたら、著者が言いたいことは何ですか?と編集者さんが。ハッとしました。減らす字数ばかり考えていて、大事なことを忘れていたんですね。おかげで頭にかかっていた靄が晴れて、どこをどのように削ればいいかが見えるようになりました。今でも忘れられない問いかけです。

裏表紙の役目を考える

もう一つ、この本の裏表紙に掲載されている内容説明の文章を訳したときも、編集者さんの助言が効きました。たとえば:

Budding principal dancers will discover what it takes to become a professional dancer, while fans of ballet can learn about how a production is created, including the beautiful costumes.
(Ballet Spectacular‎  Carlton Kidsより)

最初は「未来のプリンシパルたちには、プロのダンサーになるには何が必要かのヒントに、バレエファンには、舞台やすてきな衣装がどのようにして作られるかの発見になるでしょう。」と原文通り訳しました。でも訳しながらしっくりこない。こんなつまらない文章では、「お客さん」の興味を引くことはできないのではないか、と思ったのです。編集者さんも同じ考えで、本文と同じように、お客さんに直に説明するような語調で訳すことで意見が一致しました。それがこれ:

「プロのバレエ・ダンサーになるにはどうしたらいい? どうやって舞台を作るの? きらびやかな衣装は? さあ、本をひらいておしえてもらいましょう。」

全然ちがいますね。読者対象は誰なのか。どういう気持ちで本を紹介するのか。そういう諸々の条件を考慮に入れて語調、訳調を決めることが大事だと改めて教えられたのでした。

あのときは河出書房さんに数日通って、朝から夕方まで、徹底的に読み合わせをしました。「合宿」と称したこの読み合わせのおかげで、新装版という形の重版にたどりついたと言ってもいいでしょう。編集者さんとの共同制作、楽しかった!

斎藤静代

東京外国語大学英米語学科(当時)卒。産業翻訳や大学受験添削指導を経て出版翻訳へ。出版翻訳歴20余年。訳書は『オードリー リアル・ストーリー』(アルファベータ)、『ロシアの神話』(丸善ブックス)、『ドラゴン:神話の森の小さな歴史の物語』(創元社)、『ママ・ショップ』(主婦の友社)、『千の顔をもつ英雄』(早川書房)、『バレエの世界へようこそ』『刺繍で楽しむイギリス王立植物園の花たち』(ともに河出書房)など。サン・フレアアカデミー誤訳コラムで「ノンジャンル誤訳研究」を執筆中。

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