翻訳ひといきコラム

翻訳学校のサン・フレア アカデミー

翻訳学習

忠実な訳文とは

翻訳において直訳か意訳かがよく話題になりますので、この問題について考えてみたいと思います。因みに、直訳とは、原文のすべての語句をできるだけ忠実に訳出することを言い、意訳とは、原文の表現から多少離れても原文の趣旨、意図を正しく表現した自然な訳し方を言うものとします。

いくつかの原則を挙げると、

まず第一に原文の内容を文書の体裁も含めて忠実に反映したものでなければなりません。

第二に、訳文の対象言語(和訳なら日本語)として自然な表現でなければなりません。

第三に、文章の対象分野と文書形式に相応しい文体や表現を用いなければなりません。

この分野と文書形式に応じて直訳と意訳のどちらに重きを置くかが決まります。

実務翻訳で案件の多くを占める、特許明細書、医薬品や医療機器の認可申請書類、契約書など硬い文書では忠実さが重要なので、直訳をベースにした訳し方が必要です(こうした書類では依頼元が専門家の眼で原文を参照しながら訳文をチェックすることもしばしばで、原文と訳文を対比しやすくする必要もあります)。

一方、広告文など一般読者を対象としたものでは、原文の意図を正しく把握した上で意図が伝わりやすいものにするために、意訳を大幅に取り入れなければなりません。とはいえ、どの文書でもどちらの訳し方もある程度必要です。

英語などの欧米語と日本語の間での翻訳に話を限って言うと逐語訳では自然な訳は得られません。分詞構文では逐語訳自体が不可能です。第一と第二の原則をどちらも満たすには、和訳では、名詞構文を動詞構文で訳すこともふくめて品詞を適宜変換し、(主に技術文で)必要に応じてを変え、不定詞や so that 構文などで文脈に応じた訳し順(訳し下げと訳し上げ)を選択しなければなりません。

この3つの手続きでほぼ自然な訳文ができます。もちろん、分詞構文や名詞構文は(日本語の「して」も同様)因果関係などの関係が明示されていず、文脈に応じて適切な接続詞で置き換えて訳さなければなりませんが、これは内容理解力の問題であり、内容がよく理解できる専門家ならその関係が自ずから分かるものです。

日英では、日本人訳者の場合、逐語訳から少々離れても、その文書形式での標準的な英語表現を用いるのが良いと思います。英語 native ならより日本語原文に近い表現ができることもありますが、non-native にはそうした表現が妥当かどうかの判断がつきかねるので、標準的な表現を使った方が無難だと思います。(日本人が英訳を?という声もありますが、専門的な文書なら素人の native よりもましな英文が書けると思います。)

例として、長文の扱いについて考えてみますと、まず日本語では表現の習慣上、2文に分けるのが自然だ、あるいは二文を一文にまとめるのが適切だというケースがあります(例えば、数式や化学式に出てくる記号の説明文で where を使いますが、これは日本語では別文にします)。これは言わば必須のケースです。そうでない一般の場合は、硬い文書では可能なら原文通りにします。何行にもわたる長い文でも訳し方次第では自然で読みやすい訳文を作ることも結構可能です。その他の軟らか目の文書では、切った方が分かりやすくなるなら切ってかまいません。長文に限らず一般に、原文から離れるというデメリットと操作の結果として自然で分かりやすい表現が得られるというメリットのバランスを考えて、どちらを選択するかを決めるのが妥当です。長いからと言って機械的に切ってもメリットのない訳文は無意味です。

翻訳の目的は、原文を読まずにその内容をできるだけ理解できるようにすることです。

岡田 信弘

サン・フレア アカデミー学院長

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