翻訳ひといきコラム

翻訳学校のサン・フレア アカデミー

海外だより

2024.03.07

テイラー・スウィフト(Taylor Swift)コンサートに行く

水道橋の近くを走っていた” Taylor Swift Concert”の宣伝カー。

2023年12月、東京に住む娘から「お母さんが日本に来る来年2月初めに”Taylor Swift Eras Tour Concert”があるんだけど、行きたい?」と連絡があった。
Taylor Swiftにそれほど興味もないし、歌もほとんど知らない。私が住んでいるオレゴン州ポートランドには、アメリカばかりでなく世界中でコンサートを行っているTaylorのコンサートなどいつ来るかわからない。そこで私の気持ちがちょっと動いた。
「チケットはいくらぐらいなの?」と聞くと、「そおね〜、定価22,000円の席が2次販売で40,000円になると思う」「え〜〜〜っ!!!よんまん円?高いね〜〜」

ビートルズやマイケル・ジャクソンと違い、いくら世界中で有名な歌手だといってもTaylor Swiftを知らない人はたくさんいるだろう。Taylor Alison Swiftは、1989年12月生まれの34歳。アメリカ・ペンシルベニア州出身のシンガーソングライターである。音楽のジャンルは幅広く、カントリーから始まり、ポップ、ロック、フォーク、エレクトロニカ(電子音と生音楽を両方組み合わせて作った幻想的、叙情的、ノスタルジックな音楽)など。それらをプロデュースし、独自の曲想を持つシンガーソングライターである。
インスタグラムのフォロワーは、2億8000万人だそうだ。ちなみに日本で一番インスタグラムフォロワーが多いのは、数年前から拠点をニューヨークに移し活動している渡辺直美の1001万人。

Taylor Swiftは、10代前半から自分で作詞作曲を手がけ、わずか14歳の若さでレコード会社と契約している。2008年16歳の時、”Fearless”で、最年少でグラミー賞を受賞し、2010年にはそのアルバムでグラミー賞アルバム賞を受賞。今年の受賞は14回目のグラミー賞になったそうだ。

“グラミー賞~Grammy Awards”は、アメリカのThe Recording Companyが主催する「アメリカ(世界)で最も権威ある音楽賞」と言われている。この賞は、毎年その年に最も優れた音楽作品を創り上げたクリエーターの業績を部門別に表彰することを目的としている。グラミー賞の中でも「アルバム賞」は最高の賞だが、Taylor Swiftは、20年のキャリアの中で4回その栄冠に輝いている。アメリカばかりでなく世界中の音楽家がこの賞を取ることを目指しているのだから、Taylorのアルバムがいかに多くの人々に愛されているかの証しだろう。

娘がアメリカの中学校に通っていた頃、娘と同世代であるTaylorの作る歌や思想は、多くの若者の心を掴み熱狂的ファンや支持者を増やしていたが、我が家ではそれほどTaylorの音楽が話題になることはなかった。しかし、それから20年、 Taylor Swiftは、輝きを失うことなく音楽界の頂点に立ち続けている。そして、それは自分の音楽への尽きない夢に向かって日々研鑽し努力を重ねてきた結果なのだろう。

さて、コンサート10日前になっても、娘から「チケットは買うことができたけれど2次販売のチケットなので、確実に会場に入れるかどうかわからない」と言われていた。私自身は、「もし行けなくてもそれほど大したことではない」と思っていた。そこで、行けない可能性があるなら、近くの駅の広告で見かけた「中村仲蔵」の舞台公演を観に行こうと思い、夫に尋ねたところ、夫はすぐにチケットを購入した。
私:「え〜〜っ!もう買ってしまったの?2月7日だよ。Taylorのコンサートと同じ日じゃない?」
夫:「その日しかチケット取れなかったんだよ」
私:「もしTaylorのチケットが取れたら、私どうするの?Taylorのチケットの方が高いので、Taylorのコンサートに行くよ〜」
夫:「その場合、誰か他の人に回すよ。多分、行きたい友人はいると思う」

中村仲蔵は、歌舞伎が黄金時代に向かう江戸時代中期、四代目市川團十郎に見出され、梨園の血縁ではないのに異例の出世を遂げ、一代で「名人仲蔵」と言われるまでの大スターになった。2021年12月NHK-BSにて彼の波乱万丈の人生が中村勘九郎主演でテレビドラマ化された。本当に素晴らしい作品で、それをアメリカで観た夫と私は感動し、この絶好の機会に舞台化されたものを是非観たいと思った。

駅で見かけた「中村仲蔵」公演のポスター

コンサート2日前の2月5日、娘から「会場に入れそうだよ〜」と喜びの連絡が入った。「中村仲蔵」の私の分のチケットは、夫の友人が一緒に行ってくれることになった。

コンサート当日の2月7日、娘と私は開演2時間前の午後4時、地下鉄水道橋の出口で待ち合わせた。駅からドームまでは歩いて3、4分だが、すでに多くの若者がコンサート会場に向けて歩いていた。東京ドームに着くと、そこには人が溢れており、数百人が長蛇の列に並んでいた。この人たち、一体何時にここにきたの?実は、私にとって東京ドームに行くのは初めてのことだった。私は娘に聞いた。
「これ何の列?」
「多分Taylorのグッズを買うために並んでいるのだと思う」
「ひぇ〜〜。チケットだけでも高いのにグッズまで買うなんて…。すごいね〜」
私は、この長〜い列に並んだ人たちがコンサートに間に合うのだろうかと少し案じた。

後方は、東京ドームでグッズを買うために列に並ぶ人たち

娘は2次販売で買ったチケットで、会場に入れるかどうか少し心配したが、問題なく入場できた。ところが、である!私たちの席はドームの上方、後ろから20列ぐらいにあり、舞台は遥か遠くに見える。22,000円の席ってこんなに遠く離れた席なのだ。Taylorがまともに見えるのだろうかと思うと、思わず「あ〜4万円…」とため息が出た。

ひろ〜〜い、大き〜〜い会場には、人がどんどん入ってきている。トイレに行っておこうとホールに戻ると、各フードスタンドに長蛇の列!こちらもなが〜い列だけど、ここに並んでいてコンサートに間に合うの?
しかし、開演10分ぐらい前になると私の周りの席も人が入ってきて満席になった。

開演10分前、席がだんだん埋まっていく。

娘曰く、Taylorのファンは、このようなブレスレットをファン同士で交換するのだそうだ。
このブレスレットの女性はTaylorと一緒にほとんどの歌を口ずさんでいた。

この”The Eras Tour Concert“でTaylorは、自身の最初のアルバムから今までのアルバムで人気のあった曲を全て歌う予定で、このようなコンサートは滅多にないとのことだった。また東アジアでのコンサートは東京だけしかないので、この東京ドームでのコンサートには、東アジアの熱狂的ファンが押し寄せ、あちこちから韓国語、中国語(台湾語?)、そのほか私の知らない言語が飛び交っていた。チケット代だけでも高いと思った私と、外国から旅費やホテル代を払って観に来る人たち…。

開演午後6時の30秒前に映し出された時計とともに、舞台にスポットライトが当たり、爆音のような音楽が鳴り始めた!すると、である!!ドーム全体、観客が総立ちになった!私の前に座った人たちも立った!私は何が何だかわからない…。まだ始まったばかりだよ。感動してスタンディングオベーション、コンサートが終わってスタンディングオベーションならわかるが、まだTaylorさえ出てきていないのに…。私だけ座っていても全く舞台が見えない。仕方がないから立って観ることになった。私は、Taylorが舞台に出てきて落ち着いたら、全員が座るのだろうと思っていた。甘かった…。

オープニングの舞台。驚くと共に美しさに感動した。

全員が総立ちで携帯を写しながら歓声をあげていた。

Taylorが舞台に出てきたらしい…。しかし、どこにいる?と思っていると、舞台中央の穴から徐々に上がってきた。観客の歓声がまた一段と大きくなった。しかし、舞台上に出てきたTaylorは「ありんこ」ほど小さく、顔など全くわからない。その後ろには大きなスクリーンで「ありんこTaylor」がズームで映し出されている。やっとどんな服装か、どのような顔かなどがわかる。とにかくあちこちから放たれるスポットライトの光とイルミネーションが交錯し、動き回るTaylorを自分の目で追いかけるのは難しい。本物のTaylorのコンサートを見にきているのに実際に見ているのはTaylorの映像である。これが「東京ドームコンサート」なのだと初めてわかった。しかし、55,000人の観客は、そんなことは構わない、大きな声で叫び、熱狂し、携帯電話で写真や動画を撮りまくっている。撮影に際しての制限はないようだ。全観客に配布された腕時計のようなものが個々の意思に関わらず光を放ち、それが満天の星のように会場全体を覆っている。

そう!私が払ったこの4万円の席は、「席」ではなく「足場」「お立ち場」であった。それから3時間20分、ほとんど観客はず〜っと立ったまま!私も座れば舞台が見えないのでほとんど立っていたが、限界がある!途中で疲れてしまい時々座って前に立っている人の隙間から舞台を見た。しかし、私の周りはほとんど立ちっぱなしだった!若いな〜。そう!私は、この55,000人の中で一番年長、年寄りではないかと思った。

舞台壇上にTaylorが現れた。


観客全員の腕時計のようなものが光を放ち、舞台を囲む。
ここだけ異次元の世界のようだった。

若い観客たちはずっと立ち、携帯などで写真やビデオを撮り続けた。
あまりに遠い席なので、実物は見えにくい。ほとんどの時間を
携帯を通して見るのが最近の東京ドーム式コンサートなのだろう。

Taylorは休みなく歌う。衣装を次々に変え、舞台背景が変わり、ライトやイルミネーションの素晴らしさに目をみはる。これが Taylorのプロデュースなのだと改めてその才能に敬服した。ドームにいる間は、自分の煩雑な生活から解き放たれ、皆がTaylorの歌や舞台の素晴らしさに酔っているように見えた。音響は耳をつんざくように大きい。私は長年アメリカに住んでいるので、少しは歌っている英語がわかると思っていた。ところがどっこい、な〜〜んにもわからん!音楽のリズムには乗ることができるが、歌詞は音響のハウリングで英語が聞き取れない。


ギターを弾きながら歌う。


舞台右手でピアノを弾きながら歌うドレス姿のTaylor。

ところが、である。私の前の座席にいるTaylorファンは、Taylorが歌うのに合わせて歌っている。楽譜があるわけではない。私の2つ右横の女性も英語で歌っている。ほとんど全曲覚えている。本当にすごい!きっと彼女たちは日常英会話がぺらぺらに違いない!

私は、途中でインターミッションがあると思っていたが、Taylorは衣装や背景を変える短い時間以外は、3時間20分歌い続けた!!ギターを弾き、ピアノを弾き、踊りながら、歌う、歌う、歌う!3時間で終わると思っていたが、3時間20分の間歌い続けた。私が最も驚いたことは、声の質も声量もバックダンサーとのダンスも完璧で、3時間あまり歌いきったことである。すごい!!これが「Taylor Swift Concert」。世界の歌姫と呼ばれる所以なのだろう!


大蛇の映像が後方の舞台からうねりながら出てきて、手前に入り込んで消えた。


美しいイルミネーション

娘の話によると、Taylorは、このように長時間声を失わず歌い、体力的にも全力で3時間以上のコンサートを行うために、普段はトレッドミルで走りながら歌を歌い続ける訓練をしているとのことだった。そうなんだ〜。それほどの努力の結果が長時間のコンサートでの下支えになっているのだと納得した。

コンサートは2月7日から10日までの4日間。観客総動員数は22万人。時差ボケもあっただろうに、4日間このような長時間のエネルギッシュなコンサートを完璧にできることに改めて尊敬の念を抱いた。


3時間20分歌い続けたTaylorの最後の歌と舞台。

2月11日は、アメリカの祝日以外では最大のイベントであるNFLアメリカン・フットボールのチャンピオンを決定する“58th Super Bowl”の日であった。多くのアメリカ人が、この日家族や友人たちと集まりホームパーティを催しテレビを見る。今年のアメリカでの平均視聴者数は1億2000万人だったそうだ。
ネヴァダ州ラスベガスで行われたKansas City-ChiefsとSan Francisco-49ersの試合にTaylorは、恋人Travis Kelceが所属するKansas City-Chiefsを応援するために、東京公演の最終日が終わるとすぐに自分のプライベートジェットで東京からラスベガスにとんぼ返りした。

Taylor Swiftのコンサートのことは、日本のテレビや他のメディアでも話題となり、Taylorがコンサート後すぐに恋人が所属するフットボールチームの応援のために帰国した事、そして、日本での4日間の総売り上げが314億円だったと放送があった。海外からの観客の交通費、宿泊費、飲食費などを含めるとTaylor Swiftの経済効果はどれほどになるのだろう。

Taylorが、恋人のチーム優勝を祝って嬉しそうにTravisと抱き合いキスする様子が世界中に放映された。SNSでも拡散された。

このエッセイを書いている時、ドジャーズ所属の大谷翔平選手の結婚の報告があった。あまりに突然の報告に大谷ファンやメディアは「驚く!」の一言だった。大谷はどのように誰にも知られず結婚までたどりついたのだろう。またその後も、相手のことは「普通の日本人女性」と言い全く公表しなかった。「日本のメディアがうるさいので…」とのことだった。超セレブの二人の違いは面白い。

Taylorが恋人Travisとのことをお互いどのようにサポートしているか説明している。
「自分と恋人との関係を公表することは、大好きなことをしている彼を自分が見に行くこと。お互いのために一緒に出かけること。そして誰か他の人がそこにいても気にしないこと。もし関係を公表しないならば、自分が誰かに会うことを他の人に気づかれないために想像を超える努力をしなければならない。私たちはお互いのことをとても誇りに思っている」

世界の歌姫は、世界中のメディアやパパラッチを恐れることなく、自分の生き方に自信を持ってまっすぐに生きているように思う。2020年のアメリカ大統領選挙で、民主党バイデンを支持し、多くの若者たちに影響を与えたと言われている Taylorは、今年11月に行われる大統領選挙でどのような動向を示すのだろう。今後も目が離せない。プライベートジェットに乗って世界中を回っているのは地球環境に良くない。Billionaireになったのに慈善活動が足りないなどの批判も受けているが、世界中のTaylorファンは、彼女の歌ばかりでなく、世間に惑わされない強い意志と生き様に魅了されているかもしれない。

このコンサートで若い観客と一緒にTaylorの舞台の美しさ、エネルギー、素晴らしさを味わいながら、私は平和のありがたさに感謝し、この若者たちが私の年齢になった時も世界中のアーティストのコンサートを楽しむことができる世の中であって欲しいと思った。

田中 寿美

熊本県出身。大学卒業後日本で働いていたが、1987年アメリカ人の日本文学者・日本伝統芸能研究者と結婚し、生活の拠点をオレゴン州ポートランドに移す。夫の大学での学生狂言や歌舞伎公演に伴い、舞台衣裳を担当するようになる。現在までに1500名以上の学生たちに着物を着せてきた。2004年から教えていた日本人学校補習校を2021年春退職。趣味は主催しているコーラスの仲間と歌うこと。1男1女の母。

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